斎藤陽介
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | ピアノマン、ヨースケ | |||||
| カタカナ | サイトウ ヨウスケ | |||||
| ラテン文字 | SAITO Yosuke | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1988年4月7日(25歳) | |||||
| 出身地 | 東京都世田谷区 | |||||
| 身長 | 174cm | |||||
| 体重 | 68kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2007-2010.8 2010.8-12 2011 2012 2012 2013- |
12 (0) 0 (0) 26 (8) 14 (9) 17 (6) - (-) |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2013年2月16日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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斎藤 陽介(さいとう ようすけ、1988年4月7日 - )は、東京都世田谷区出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。
目次 |
来歴 [編集]
1988年、東京都の世田谷区で生まれ、小学1年の時に太子堂サッカークラブに入団して6年間在籍した[1]。後に横浜F・マリノスのユースに入団。2007年に横浜F・マリノスでプロ選手としてのキャリアをスタートさせたが、十分な結果を残すことはできなかった。2011年に海外挑戦の場としてシンガポールのアルビレックス新潟シンガポールに移籍。アルビレックス新潟シンガポール在籍時には欧州で代理人をしている人物と出会う[2]。本人談によればアルビレックス新潟シンガポールから契約延長の申し出があったが[2]、ヨーロッパで挑戦したいとの想いから断り、2012年1月にラトビア・ヴィルスリーガ所属のFBグルベネでテストを受け、2月に晴れて合格をして移籍をした[3]。ヴィルスリーガ2012シーズンでは14試合に出場して9得点を挙げる活躍をした。3月から4月までの月間MVPには斎藤が選出された[4]。シーズン中盤にヴィルスリーガで4度優勝しているFKヴェンツピルスに移籍をした。FKヴェンツピルスでは6得点を挙げ、FBグルベネ時代の9得点を合算してリーグ単独2位の15得点を記録した。シーズン終了後、ラトビアサッカー連盟は2つのシンボリックチーム(22選手)を発表し、第1チームのフォワード部門で斎藤が選出された[5]。2013年1月、ドイツ3部に所属するSVダルムシュタット98でトライアルを受けたことがキッカーの電子版で報じられたものの[6]、テストは結果的に不合格となった[7]。その後、各国のクラブが合宿しているトルコへ渡り、ロシアリーグの2部に所属するFCウファでテスト生として参加。1月16日、スイスのセルヴェットFCとのテストマッチ(2-1)では25メートルの距離から得点を挙げるなどした[8][1]。同年2月、FCウファに2年半の契約で移籍をした[9][10]。
エピソード [編集]
- 都立目黒高校2年まではサッカーとピアノを両立して活動しており、ピアノのコンクールにも出場していた。「ピアノマン」の愛称はこれに由来している。また、2009年の新体制発表会では、サポーターの前でその腕前を披露した[11]。FCウファのyoutube公式チャンネルではピアノを弾いてる映像がアップされている[12]。
- 目標とする選手に、プレースタイルの似たFWである、かつてのチームメイトの坂田大輔を挙げている。一時期、坂田が散髪したため、プレースタイルだけでなく風貌までそっくりでチームメイトが混乱してしまう、などとスポーツ紙で報じられた。
所属クラブ [編集]
- 1995年 - 2000年 太子堂サッカークラブ
- 2001年 - 2003年 横浜F・マリノスジュニアユース
- 2004年 - 2006年 横浜F・マリノスユース(目黒高等学校)
- 2007年 - 2010年
横浜F・マリノス
- 2011年
アルビレックス新潟シンガポール - 2012年
FBグルベネ - 2012年
FKヴェンツピルス - 2013年 -
FCウファ
個人成績 [編集]
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2007 | 横浜FM | 27 | J1 | 11 | 0 | 3 | 1 | 1 | 0 | 15 | 1 |
| 2008 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | |||
| 2009 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 2010 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | ||||
| 2010 | 金沢 | 23 | JFL | 9 | 4 | - | 0 | 0 | 9 | 4 | |
| シンガポール | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2011 | 新潟S | 9 | Sリーグ | 26 | 8 | 3 | 0 | 5 | 2 | 34 | 10 |
| ラトビア | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2012 | グルベネ | 9 | ヴィルスリーガ | 14 | 9 | 2 | 2 | - | 16 | 11 | |
| 2012 | ヴェンツピルス | 19 | |||||||||
| ロシア | リーグ戦 | ロシア杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2012-2013 | ウファ | 1st Div. | |||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 12 | 0 | 5 | 1 | 1 | 0 | 18 | 1 | |
| 日本 | JFL | 9 | 4 | - | 0 | 0 | 9 | 4 | |||
| シンガポール | Sリーグ | 26 | 8 | 3 | 0 | 5 | 2 | 34 | 10 | ||
| ラトビア | ヴィルスリーガ | 14 | 9 | 2 | 2 | 16 | 11 | ||||
| ロシア | 1st Div. | ||||||||||
| 総通算 | 61 | 21 | 10 | 3 | 6 | 2 | 77 | 26 | |||
- 2007年3月17日 - プロデビュー (Jリーグ) - ヴィッセル神戸戦 (日産スタジアム)
- 2007年4月11日 - プロ初ゴール (ナビスコカップ) - 大宮アルディージャ戦 (さいたま市駒場スタジアム)
脚注 [編集]
- ^ 太子堂サッカークラブ【クラブからのお知らせ】
- ^ a b Happy new year!! 斎藤陽介オフィシャルブログ2013年2月16日閲覧。
- ^ Ciao!! 斎藤陽介オフィシャルブログ2013年2月16日閲覧。
- ^ Par marta/aprīļa labāko futbolistu atzīsts Yosuke Saito, treneris - Marians Paharsfutbolavirsliga.lv、2013年2月16日閲覧。(ラトビア語)
- ^ Noteikta Virslīgas simboliskā izlase LFF vērtējumālff.lv、2013年2月16日閲覧。(ラトビア語)
- ^ Schuster testet sein neues Team und Saitokicker.de、2013年2月16日閲覧。(ドイツ語)
- ^ SV 98 startet ins Trainingslagersv98.de、2013年2月16日閲覧。(ドイツ語)
- ^ ФК «Уфа» в первом контрольном матче переиграл швейцарский «Сервет»fcufa.pro、2013年2月16日閲覧。(ロシア語)
- ^ 元横浜FMの斉藤陽介が昇格狙うロシア2部チームに移籍sportsnavi.yahoo.co.jp、2013年2月16日閲覧。
- ^ Йосуке Саито присоединился к «Уфе» на кипрском сбореfcufa.pro、2013年2月16日閲覧。(ロシア語)
- ^ 横浜F・マリノス公式 - 1.17『2009横浜F・マリノス新体制発表会』レポート[リンク切れ]
- ^ Сайто 2013/01/17youtube.com、2013年2月16日閲覧。