斉藤一美のとんカツワイド

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斉藤一美のとんカツワイド
ジャンル バラエティ
放送方式 生放送
放送期間 1993年4月1997年3月
放送時間 月-金曜21:40-24:30
(1994年4月より21:40-24:00)
(170分→140分)
放送局 文化放送
パーソナリティ 斉藤一美
出演 藤木千穂、ほか
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斉藤一美のとんカツワイド』(さいとうかずみのとんカツワイド)は、1993年平成5年)4月から1997年(平成9年)3月まで文化放送で放送されたラジオ番組

目次

[編集] 概要

パーソナリティは文化放送アナウンサーの斉藤一美。『サスケの夜はこんびんば!』の後続番組にあたる。放送時間は毎週月曜-金曜の21:40-24:00(1993年4月当時の放送時間は毎週月曜-金曜の21:40-24:30だったが、1994年(平成6年)4月以後は月曜-木曜24:00に『Come on FUNKY Lips!』、金曜に『とんカツワイド金曜版・FRIDAY SUPER COUNTDOWN 50』放送のため、放送枠・放送内容を変更している)。

また、『夜こん』と同様にその前の『文化放送ライオンズナイター』が放送時間延長となった場合、開始時間が繰り下げられていた。

番組タイトルの由来は当時斉藤が精力をつける為にとんかつを食べていたから。斉藤一美の親しみやすいハイテンションなキャラクターとリスナーからのネタ投稿で当時の中高生から人気を得た。また、番組一年目からリスナー発案による独特の髪型を取り入れ、日本経済新聞夕刊や有名写真週刊誌に取り上げられるなど、話題も集めた。その髪型にされた背景には、斉藤が番組の飲み会で泥酔して番組スタッフに暴言を吐きスタッフが激怒した為、そのペナルティでされたと言う(雑誌「FLASH」の取材で明かされた)。

オープニングでは、梅宮辰夫の「ダイナマイトロック」の前奏に歌詞(番組タイトルと放送局名)をつけたタイトルコールを流していた。

また、ゲストとしては、第1回の放送に吉田照美が出演。『吉田照美のてるてるワイド』時代のエピソードを披露した。その他にはスーパーモンキーズ時代の安室奈美恵MAXが頻繁に登場していた。また知念里奈D&Dもレギュラーコーナーを持っていたこともあり、当時のライジングプロダクション所属タレントとも縁が深い。末期木曜日には、第二次声優ブームを迎え、アニラジに文化放送が力を入れるようになり、声優が呼ばれるようになる。林原めぐみ富永みーな藤崎詩織名義で金月真美、特に國府田マリ子が来た回はお悩み相談企画「教えて!コーダマン」(テーマは地獄のズバット}が放送された。現在のメンバーである櫻井翔もジャニーズJr.時代にレギュラーコーナーを持っていた。

[編集] 主なコーナー

  • パンチDEクイズ
見知らぬ男女のペア同士で対戦するイントロクイズ(ペア組み合わせは番組が決める)。負け残り制で5日連続で負けるとパンチパーマになるというルールだった。
クイズに勝つと、ペアのそれぞれに賞金1万円とインスタントラーメンエースコック「スーパーカップ1.5」の詰め合わせ3個)がプレゼントされ勝ち抜けとなるが、長く出演したいがために負け残り制を悪用してわざと負ける出演者もいた。そのため初日に勝つと賞品が追加されるルールが設けられた。
  • とんカツ人生相談
ラジオ人生相談の中高生版である。
  • とんカツリクエスト
リクエストコーナー。このコーナーでは放送当時より少し前の曲や洋楽などが流れ、当時のヒット曲はかけられなかった。
  • 一美アクション
日替わり企画、人気企画だった「妄想生き地獄」や本も出版された「大魔王の法則」はこのコーナーから出た。
  • 一美にチェックインプリーズ
週代わりゲストのアーティストが斉藤アナが対談。24時30分まで放送の頃のタイトルは「24時にチェックインプリーズ」。

[編集] 内包していた主な番組

[編集] 番組本

[編集] 関連項目

  • 馳浩(とんカツ人生相談回答者)
  • 峠恵子(とんカツ人生相談回答者)
  • 藤木千穂(文化放送アナウンサー、番組によく出演していた)

[編集] 番組の終焉とその後

文化放送では『ラジオバカナリヤ』の太田英明以来(ただし番組のコンセプトで考えると『ふッかいあな』の吉田照美以来)となる局アナがパーソナリティの夜ワイド番組として新境地を開き、裏番組の『東京RADIO CLUB』(TBSラジオ)がパーソナリティ岸谷五朗の俳優業多忙、『Oh!デカナイト』(ニッポン放送)がパーソナリティ伊集院光とスタッフとの確執で打ち切られた後は時間帯トップの聴取率を取ることもあった。

しかし、番組立ち上げから4年を経た1997年(平成9年)4月改編で、斉藤が文化放送入社時から希望していたスポーツアナウンサーに転向するため打ち切りとなった。斉藤は同時に『スパカン』も降板し、スパカンの番組タイトルから『とんカツ』の文字が外れた。その後『ライオンズナイター』のレポーターや『NACK5 SATURDAY&SUNDAY LIONS』実況などで経験を積み、1999年(平成11年)シーズンから『ライオンズナイター』の実況担当に昇格する。

現在斉藤は『ライオンズナイター』『ホームランナイター』を中心に活躍しており、アナウンサーが技術も兼ねる『アナデュース』形式が導入された後の2008年(平成20年)シーズンから『ホームランナイター』チーフプロデューサーを兼務。2011年(平成23年)シーズンはそれに加えて『ライオンズナイター』のプロデューサーも兼務となり、文化放送内で野球担当トップの地位を確立している。

 また、終了後のこの時間帯は引き続き夜ワイド番組が編成されている。

  1. 2002年3月まで 「古本新之輔 ちゃぱらすかWOO!
  2. 2003年6月まで 「SUPER STAR QR
  3. 2003年7月から 「レコメン!
文化放送 月~木曜夜ワイド
前番組 番組名 次番組
斉藤一美のとんカツワイド
文化放送 金曜夜ワイド
斉藤一美のとんカツワイド
FRIDAY SUPER COUNTDOWN 50
(1994・4・15~)
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