斉藤ウィリアム
| 齋藤 ウィリアム 浩幸 William Hiroyuki Saito |
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William Hiroyuki Saito, 2008
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| 生誕 | 1971年3月23日(40歳) アメリカ カリフォルニア州ロサンゼルス |
| 住居 | 東京、日本 |
| 国籍 | アメリカ・日本 |
| 出身校 | カリフォルニア大学リバーサイド校 |
| 著名な実績 | 情報セキュリティ、生体認証、起業活動、技術革新 |
齋藤 ウィリアム 浩幸(サイトウ ウィリアム ヒロユキ、William Hiroyuki Saito、1971年3月23日 - )は起業家、ベンチャー投資家として、過去20年にわたり、新規事業の立ち上げ、民間企業の経営、および情報セキュリティポリシーの策定を行っている。 技術者でもあり、暗号や生体認証の分野における研究開発を行い、アメリカおよび日本で特許を取得している。1998年にはアーンスト・アンド・ヤング、ナスダックおよびUSA Todayの「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」(1998年度の企業家賞)を受賞し、[1]2001年にはカレッジエイト・アントレプレナーズ・オーガナイゼーション(CEO)の殿堂(Collegiate Entrepreneurs' Organization (CEO) Hall of Fame)入りを果たした。また、その他多くの賞を受賞し、アメリカ議会からも表彰されている。
現在は日本に居住し、革新的な技術の適切な用途と市場を見つけ、開拓するための支援を企業に対して提供するコンサルティング会社インテカー(InTecur)を経営している。 齋藤は2011年の世界経済フォーラムで、世界中から5000人におよぶ候補者の中から選ばれた190名のヤング・グローバル・リーダーズ[2]の1人として表彰された。
目次 |
[編集] 若年期
1969年、齋藤の両親は日本からアメリカに移住し、その2年後、カリフォルニア州ロサンゼルスで誕生した。 父親は化学者、母親は獣医であり、齋藤に対して数学の教育を熱心に行った。 小学生の時にはすでに、大学レベルの数学の問題を解き、学校に唯一あったコンピュータを使って作業をしていた。中学生の時点で、メリル・リンチやその他の会社のプログラムのコーディングの仕事を始めていた。 齋藤は後に、高校時代の同級生であるタス・ディエネス(Tas Dienes)とともに、アイオー・ソフトウェア(I/O Software, Inc.)の事業を立ち上げた。 通常よりも1年早く、1987年に高校を卒業し、カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)に入学、生体医科学の学位を取得した。
[編集] アメリカでの事業活動
齋藤とディエネスは大学在籍中の1991年終わりにアイオー・ソフトウェアを正式に設立し、ランチョ・クカモンガ(Rancho Cucamonga)に事務所を構えた。 後にカリフォルニア州リバーサイド(Riverside)に移転する当該会社は、デジタル認証やPKI(公開鍵暗号)、電子商取引システムに使用される、先進的なユーザー認証(生体認証、スマート・カード、セキュリティ・トークン)および暗号化に基づく、柔軟性と拡張性のある情報セキュリティ・ソリューションの開発を手がける企業に急成長した。
1992年にデータストーム(Datastorm)が日本市場への参入を計画したとき、齋藤がバイリンガルであることが強みとなった。 彼らはアイオー・ソフトウェア(I/O Software, Inc.)にNECのPC98 シリーズのコンピュータのプロコム・プラス(Procomm Plus)のローカライズ(日本語化)を依頼した。 シマンテック(Symantec)がデータストームを買収したときにも、ノートン・ユーティリティーズ(Norton Utilities)について同様の依頼を受けた。 さらに、高価なPC98機の入手が困難で、アメリカにおいて日本語の印刷ができなかったこの時期に、IBMの互換機に日本語を表示し、ポスト・スクリプト(PostScript)の印刷機で印刷する方法を編み出した。
その後登場するウィンドウズ用ソフトを含む様々なソフトウェア製品や書類の日本市場へ向けてのローカライズおよび翻訳の仕事を行った。 齋藤とアイオー・ソフトウェアは、同社の持つウィンドウズに関する知識を用いて、数々の日本のコンピュータ周辺機器製造会社に代わり、プリンター、スキャナー、カメラ、その他部品用のドライブを開発した。
1995年に、アイオー・ソフトウェアの最大の顧客である東芝がZVポートを使用した高速高画質のビデオカメラの新規格を開発した。 齋藤とアイオー・ソフトウェアは新規格の仕様に最適なデバイス・ドライバーを開発し、東芝のハードウェア開発に協力し、最初のウィンドウズ用ビデオ会議アプリケーションを作った。
アイオー・ソフトウェアのビデオ会議システムはソニー(Sony)からも支持され、Sonyのビデオ会議システムの製品ラインナップに加えられた。ソニーから同社のカメラの実用化に関する提案を求められた際、齋藤はPC向けの指紋認証システムの開発を提案した。 ソニーはこれに同意し、アイオー・ソフトウェアが関連するドライバー、アルゴリズム、ソフトウェアを開発した。これらは後に業界で多くの賞を受賞した。
齋藤は、すべての製造会社が適応できる生体認証デバイスの共通プラットフォーム作成の重要性に気がついた。 そこでアイオー・ソフトウェアは、まず指紋認証のプラットフォームを作り上げ、その後、虹彩認証、声紋認証、顔の認証などその他の技術を開発した。 同社はこのプラットフォームを生体認証アプリケーション・プログラム・インターフェイス(BioAPI または BAPI)と名づけた。
2000年、齋藤は、BAPIとアイオー・ソフトウェアの核である認証技術、セキュア・スイート(SecureSuite)をウィンドウズOSに組み込む契約交渉をマイクロソフトと行った。 また、インテル(Intel)やソニーを含む数十社とこの技術の使用許諾契約を締結した。BAPIのプラットフォームは米国規格協会(ANSI)、国際標準化機構(ISO)の規格となり、その後、スミソニアン博物館の常設展示物に加えられた。
マイクロソフトのライセンス契約やソニーからの投資により、アイオー・ソフトウェアへの関心は高まった。 その結果、同社は2004年12月に高価格で買収されることとなった。
[編集] アメリカでのその他の役割
アメリカ同時多発テロ事件後、アメリカ国防省、アメリカ連邦捜査局を初めその他の政府機関で、セキュリティ部門のアドバイザーを務め、安全保障の分野により深く関わるようになる。 特に、生体認証や暗号認証を含む情報セキュリティおよび、連邦内の境界および国境の警備を強化に携わり、アメリカ国防省の対テロ特別委員会、技術支援作業部会、アメリカ連邦捜査局の情報技術研究グループ、インフラ・ガード等に関わった。
齋藤はまた、米国規格協会、国際標準化機構、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)などの役員を務めた。 学術分野においては2001年にカリフォルニア大学リバーサイド校の非常勤教授に就任した。
[編集] 日本での活動
2004年にアイオー・ソフトウェアを売却後、日本のアントレプレナー支援のため、日本に移住した。東京から世界中のクライアントに対し、ビジネスとテクノロジーの分野でアドバイスを行い、セキュリティと起業家精神に関する教育を行っている。
[編集] 専門家としての履歴
2005年2月にフォーバル・コーポレーション(Forval Corporation)の取締役副社長および最高技術責任者の役職についた。 インターネットを安全かつ簡単に使用する技術およびサービスを開発し、アナリストやバンカーおよび上場企業の株主に対する技術的戦略を提供した。 その後、カリフォルニア州ニューポート・ビーチに子会社のフォーバル・インターナショナル(Forval International)を設立、同社の会長および最高経営責任者に就任した。
2006年初め、ジュリアーニ・パートナーズ(Giuliani Partners)グループの最高技術責任者、また、子会社であるジュリアーニ・セキュリティ・アンド・セーフティ・アジア(Giuliani Security and Safety Asia (GSSA))の共同会長および最高経営責任者に就任した。これはニューヨーク市前市長のルドルフ・ジュリアーニが2002年に設立した、世界中の戦略的セキュリティと安全に関わる問題を解決するためのコンサルティング会社である。 齋藤はアジア企業に対し、物理、論理、運用サービスを併せた、革新的なセキュリティ・コンサルティング・サービスを提供した。
2007年7月、インテカー(InTecur)を設立。 インテカーは、情報技術、製品開発、国際企業戦略およびITセキュリティの各分野における革新的な技術の適切な用途と市場を見つけ、開拓するための支援を企業に対して提供しているコンサルティング会社である。また、既存の技術を新たなる市場や地域に適応するよう改良し、企業が経済変動に対応するための支援も行っている。
[編集] 日本におけるその他の役割
齋藤は学会、教育と強い関係を保っている。例えば、ジュリアーニ・セキュリティ・アンド・セーフティ・アジア(Giuliani Security and Safety Asia (GSSA))で役職についていた時期、東京都の行政と協力し、首都大学東京で、セキュリティおよび危機管理についての授業プログラムを提案した。 また、東京農工大学のコンピュータおよび情報科学部の客員教授を務めている 。
さらに齋藤は、さまざまな組織でアドバイザーを務めている。経済産業省の一部である独立行政法人産業技術総合研究所(AIST)における情報セキュリティ研究センター(RCIS)の客員研究員、および ベンチャー・開発センター(Venture Support Center)のスタートアップ・アドバイザーを務めている。 また、株式会社経営共創基盤(IGPI)のアドバイザーとしても活動を行っている。この会社は、吸収合併による企業再構築およびその戦略のコンサルタントであり、顧客である企業およびその大株主に対して、企業価値の持続可能な成長を伴う長期的なリスクに関するカウンセリングを行っている。
日本における起業家精神の構築を目指し、イノベーション・プラットフォーム・テクノロジー基金(IPTF)(Innovation Platform Technology Fund)の最高経営責任者として活動している。 これは、ソニーの元最高経営責任者である出井伸之と株式会社産業再生機構(IRCJ)の前最高業務責任者である富山和彦が設立したベンチャー・キャピタル・ファンドである。IPTFはベンチャー企業に対して優れた環境を作り、さらに多くの日本のベンチャー企業が世界的な規模で成功することを目指している。
さらに、経済産業省の情報処理推進機構(IPA)が実施する「未踏ソフトウェア創造事業」のプロジェクトマネージャを務めた。 齋藤は、ユビキタス・ネットワーク・ブラウザや、携帯電話とPCを相互に接続・制御するミドルウェア・ツール、識別トークンを採用した固定電話ネットワーク等のプロジェクトの指導を行った。 2008年3月、情報処理推進機構(IPA)および齋藤を含むその他の責任者は、「未踏ソフトウェア創造事業」の参加者数名を選出し、彼らの海外進出を支援する目的で、米国シリコンバレーでベンチャーキャピタリストに対し、新技術およびビジネスモデルのプレゼンテーションを行なった。
[編集] 公的役割および社会貢献
齋藤はビジネス、起業家精神、テクノロジー、セキュリティおよびその他の関連する分野の会議等において頻繁にパネリストやコメンテーターを務めている。
齋藤は、ミルケン・インスティテュート・グローバル・コンファレンス(Milken Institute Global Conference)、フォーブス・グローバル・CEOコンファレンス(Forbes Global CEO Conference)、カウフマン財団(Kaufmann Foundation)、コムデックス(Comdex)などの学術会議の基調講演者、パネリストおよびモデレーターを務めている。
2011年7月に齋藤は日経ウィークリー 誌上で「アントレプレナー:日本の隠された資質 (Entrepreneurs: Japan’s Hidden Resource)」[3] と題されたオピニオン記事を執筆し、より大きな革新を促進するために日本政府はビジネスに関する政策を改善すべきであると訴えた。
また齋藤は、単行本「日本の未来について話そう-日本再生への提言-」[4]の中で「ベンチャーおよびソーシャル・キャピタル:日本のためのビジョン (Venture and Social Capital: A Vision for Japan)」と題された章を執筆した。本書は 2011 年 3 月 11 日に日本を襲った東日本大震災、津波被害、福島第1原発問題からの再生へ向けた日本の長期的課題について触れ、その中で齋藤はビジネス部門再活性化の重要性について考察している。
日本におけるより大きな起業家精神の必要性を訴え続ける齋藤は、7月14日に在日スイス商工会議所で講演し[5]、日本は「リセット・ボタン」を押し、「日本製」というブランドを再確立しなけれはいけない局面を迎えていると述べた。また、テレビ東京の番組、ワールドビジネスサテライトでインタビューを受け、インターネットで育ち世界に通用する能力を持った世代「デジタル・ネイティブ」の知識ベースの持つ可能性について述べた。[6] また、7 月 29 日に放送された BS11 のニュース番組、INsideOUT に出演し、日本における起業家精神について語った。[7]
[編集] 社会貢献
齋藤は定期的に慈善団体やコミュニティベースの団体を支援している。2003年3月から2年間、チャイルド・ヘルプ・USA(Childhelp USA)のカリフォルニア州委員会の委員を務めている。この組織は国内の児童虐待および育児放棄の防止、それへの介入および被害者の治療に焦点を当てている非営利組織である。 また齋藤は、コミュニティ・ファウンデーション(Community Foundation)のカリフォルニア州理事会の理事を務めている。これは、カリフォルニア州のリバーサイド郡およびサン・ベルナルディーノ郡の住民により設立された非営利団体で、その住民に大学奨学金、助成金を提供している。
また、齋藤は様々な形で母校であるカリフォルニア大学リバーサイド校の発展に貢献している。1998年から2005年まで、大学のために個人、企業、組織や財団から資金を募り、記録し、管理する非営利団体カリフォルニア大学リバーサイド基金の理事会の一員であった。齋藤とその他の同校の卒業生は、2006年に完成した大学の新しい建物、エンジニアリングII(Engineering II)建築のための資金を募り、支援を行った。
[編集] 引用
- ^ “Entrepreneur Of The Year”. Ernst & Young
- ^ “List of 2011 Young Global Leaders Honourees”. World Economic Forum. (2011年4月20日)
- ^ “アントレプレナー:日本の隠された資質 (Entrepreneurs: Japan’s Hidden Resource)”. 日経ウィークリー. (2011年7月11日)
- ^ “"Venture and Social Capital: A Vision for Japan."”. 日本の未来について話そう-日本再生への提言-. Simon & Schuster (US) & 小学館 (Japan). (2011-07-12). ISBN 978-1421540863.
- ^ “Japan needs reignition of entrepreneurial spirit”. スイス商工会議所. (2011年7月14日)
- ^ “ワールドビジネスサテライト”. テレビ東京. (2011年7月18日)
- ^ “INsideOUT”. 日本BS放送. (2011年7月29日)
[編集] 参考文献
- William Saito biography 2009年5月22日閲覧。.
- Riverside Technology CEO Forum, CEO Profile 2009年5月22日閲覧。.
- Future in Review, William Saito 2009年5月22日閲覧。.
- William Saito Homepage 2009年5月22日閲覧。.
- Requirements and Analysis The Biometric API Standard The Path to Biometric Standardization. (2002-06) 2009年5月22日閲覧。.
- I/O Software SecureSuite Software and Sony FIU-710 Fingerprint Reader Combo Receives PC Magazine Editors' Choice Award 2009年5月22日閲覧。.
- Windows Biometric Framework Windows Biometric Framework 2009年5月22日閲覧。.
- Microsoft and I/O Software Strengthen Industry Adoption of Biometrics 2009年5月22日閲覧。.
- Stephanie Miles (2000-05-02). “Microsoft eyes new security for Windows”. CNET News 2009年5月22日閲覧。.
- International Biometric Group 2009年5月22日閲覧。.
- Business Editors (2000-10-09). “Ethentica Fingerprint Authentication Solutions Primed for Microsoft Biometrics Endorsement”. BUSINESS WIRE 2009年5月22日閲覧。.
- Jathon Sapsford (2000-05-02). “Microsoft to Use 'Biometric' Tools To Bolster Security for Windows”. The Wall Street Journal 2009年6月15日閲覧。.