教授と美女

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教授と美女
Ball of Fire
監督 ハワード・ホークス
脚本 チャールズ・ブラケット英語版
ビリー・ワイルダー
原作 『From A to Z』
ビリー・ワイルダー
トーマス・モンロー
製作 サミュエル・ゴールドウィン
出演者 ゲイリー・クーパー
バーバラ・スタンウィック
オスカー・ホモルカ
音楽 アルフレッド・ニューマン
撮影 グレッグ・トーランド
編集 ダニエル・マンデル
製作会社 サミュエル・ゴールドウィン・プロダクションズ英語版
配給 RKOラジオピクチャーズ
公開 アメリカ合衆国の旗 1941年12月2日
日本の旗劇場未公開(VHS発売)[1]
上映時間 111分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
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映画専門チャンネル「ターナー・クラシック・ムービーズ」が公式サイトにアップロードしている動画6本を続けて閲覧可能)

教授と美女』(Ball of Fire)は、ハワード・ホークス監督した1941年のアメリカ合衆国スクリューボール・コメディ映画である。ゲイリー・クーパーバーバラ・スタンウィック主演し、百科事典を編纂する教授たちと俗世間の情報を伝えるために招かれたストリッパーの関係が描かれる。1948年にホークス自身の手によって『ヒット・パレード英語版』としてリメイクされた[2]

製作[編集]

この映画が製作される前にゲイリー・クーパーの人気は既に最高潮に達していたが、サミュエル・ゴールドウィンは当たり役がどれも他社のものであったため、彼に相応しい役を見つけられないものかと脚本部門をなじり続けていた[3]パラマウント・ピクチャーズから急遽借りた小説家チャールズ・ブラケット英語版ビリー・ワイルダーもクーパーのための作品探しに苦労したが、最終的にワイルダーが思い出したアメリカ合衆国移住する前に書き上げた『白雪姫』の成人版の物語『From A to Z』をブラケットが大いに気に入り、それをゴールドウィンに推薦した[4]電話を通しての脚本の買い取りの交渉でワイルダーはゴールドウィンに1万ドルの支払いを要求し、これに対してゴールドウィンは「どうだろう、今7500ドル払う。もし映画になったら、残りの2500ドルを渡すってことにしよう」と提案、映画監督を目指していたワイルダーはすべてのショットの撮影に立ち合わせてくれるならという条件で了解した[5]ハワード・ホークスがワイルダーの教師役となった[6]。ブラケットとワイルダーは映画の脚本で使用するための真のスラングを探しにハリウッド高校英語版の通りを挟んだ向かいのドラッグストア、バーレスク邸、ハリウッドパーク競馬場を訪問した[7]

ワイルダーは『ヨーク軍曹』(ゲイリー・クーパーの前の出演映画)でクーパーが演じるヨークの癖をパロディネタにしている。デューク・パストラミを演じるダン・デュリエが「先週、映画で私を見たんだ」と言った後に自分の親指を舐め、ピストルの銃口をこするシーンも取り入れた[8]

ゴールドウィンが当初白羽の矢を立てた主演女優は歌えて踊れるジンジャー・ロジャースだったが、彼女は『恋愛手帖』でキティ・フォイルを演じてオスカーを獲得したばかりだったので、落ち着いた役を希望していた[9]。その後に脚本を送ったジーン・アーサーは気に入ってくれたものの、コロンビア・ピクチャーズとの契約に縛られていた[10]。次に目を向けたキャロル・ロンバードからは企画が成功するのを祈っているとしながらも、「役にも脚本にも興味が持てません。・・・誰にでも好き嫌いというものはありますから」との返事で断られてしまった[10]。そこで最後の頼みの綱となったバーバラ・スタンウィックがゴールドウィンの期待に応え、アカデミー賞候補にノミネートされる見事な演技を見せることになった[10]

マーサ・ティルトン英語版は映画での『ドラム・ブギー英語版』を歌うスタンウィックの歌声を提供した[11]。また、ドラマージーン・クルーパと彼のバンドカメオ出演して曲を演奏した[12]

ストーリー[編集]

教授(主に学士)の集まりはすべての人間の知識を集めた百科事典を編纂するために、ニューヨークの住宅にここ数年ばかり一緒に暮らしている。その中で最年少のバートラム・ポッツは現代アメリカ合衆国で流行している俗語を学習しようとする言語学者である。教授たちは番をするミス・ブラッグという名の小奇麗な家政婦と一緒に比較的外界から隔絶して流行には無縁で、のんびりしたペースで作業を行うことが習慣付いている。彼らのせっかちな財政的支援者であるミス・トッテンが突然、彼らに仕事をすぐに終えらせるように要求し出した。

独自に研究を行うために町に出掛けたポッツは生意気なナイトクラブストリップティーズ、シュガーパス・オーシェイが用いる俗語の語彙に興味を持つ。ギャングのボス英語版である愛人のジョー・ライラックに関する情報を聞き出したい警察に追われている彼女は彼の研究に協力することに消極的である。オーシェイはポッツの反対を押し切り、一時的な潜伏先として教授たちが生活と仕事をしている館に逃げ込んだ。

教授たちはオーシェイの色仕掛けに夢中になり、すぐに好意を抱くようになる。オーシェイは7人の教授にコンガの踊り英語版を教え、ポッツには「ヤムヤム」(キス)の語の持つ意味を実演して見せた。これに対してポッツは「もう一回ヤムヤムをお願いします」と懇願する。結婚を決意してプロポーズをするポッツにオーシェイも次第に惹かれるようになる。彼女はこのプロポーズを受け入れるが、直後にライラックの手下とともに館を去ってしまう。

教授たちはオーシェイを救うためにライラックとその2人の手下に対する逆襲を実行する。オーシェイは自分はポッツにはふさわしくないと決意するが、ポッツは彼女の考えを変えさせるために強力な「ヤムヤム」の応用で説得する。

キャスト[編集]

主なキャストと、その右に役を演じた俳優を記載する[13]

興行成績[編集]

映画は興行的に見れば大成功した。しかしながら、RKOラジオピクチャーズはサミュエル・ゴールドウィンとの契約の条件により、147000ドルの赤字を計上した[14]

映画の大成功の後にワイルダーがゴールドウィンに電話を掛けて以前に約束した残りの2500ドルの支払いを請求したところ、ゴールドウィンからの回答は「私は約束する時はちゃんと書類にするよ」だった[10]。ワイルダーはこの対応に激怒して「今後一切あんた方とは関わりたくない」と叫んで受話器を叩き付けた[15]。ところが、その10分後にはワイルダーのもとにゴールドウィンからの電話が掛かり、「ビリー、私が嘘をついたなんてハリウッド中の噂になるのはごめんだよ。直ぐに来てくれないか。今直ぐだ・・・1500ドル払うから」と申し訳無さそうな声で言ったという[16]。二人の友好関係はこの後も何年も続いたが、残りの1000ドルは支払われずに終わった[16]

評価[編集]

アメリカン・フィルム・インスティチュートによるランキングでは、アメリカ喜劇映画ベスト100で92位に選ばれた[17]。また、アメリカ映画スターベスト100ゲイリー・クーパーバーバラ・スタンウィックはそれぞれ男優部門と女優部門でともに11位に選ばれている[18]

批評[編集]

  • バラエティ誌スタッフ:「単純なギャグは110分の映画では全然足りない。そして、それがすべてである。 - 一つのおかしな状況 - サミュエル・ゴールドウィンのディレクターや小説家が『Ball of Fire』をサポートする必要があることだ。しかしながら、かなりの数の笑いを提供するには十分である。」と書いている[19]
  • ニューヨーク・タイムズ紙の映画評論家ボズリー・クラウザー英語版:ゲイリー・クーパーについて「彼ならではの素朴な演技を提供している」と評し、「ゴールドウィン氏は実に、とても素敵なコメディを送り出している」と大絶賛した。映画は『白雪姫』の最新版のようだとしている[20]
  • タイム誌スタッフ:「最高におかしくておいしい、いかにもアメリカらしいスラングが映画に記録された」と評した[6]

インターネット・ムービー・データベースの6968人のユーザーの評価では10点満点のうち平均7.9点で採点されている[21]。また、ロッテン・トマトの3187人のユーザーの評価では5点満点のうち平均4.0点で採点され、この映画が好きと回答しているのが90%に達している[22]。(どちらも2015年1月19日時点)

映画賞ノミネート[編集]

この映画は第9回アカデミー賞の4部門にノミネートされた[23]

選考年 部門 候補者 結果
1942年 アカデミー賞 主演女優賞 バーバラ・スタンウィック ノミネート
原案賞 ビリー・ワイルダー、トーマス・モンロー
ドラマ音楽賞 アルフレッド・ニューマン
録音賞 トーマス・T・モールトン

脚注[編集]

  1. ^ 教授と美女<未>(1941)”. Allcinema.net. 2015年1月19日閲覧。
  2. ^ ヒット・パレード(1948)”. Allcinema.net. 2015年1月19日閲覧。
  3. ^ バーグ(1990年) p.168
  4. ^ バーグ(1990年) p.169
  5. ^ バーグ(1990年) pp.169-170
  6. ^ a b バーグ(1990年) p.170
  7. ^ Ball of Fire (1942)#05” (英語). TCM.com. 2015年1月19日閲覧。
  8. ^ Ball of Fire (1941) - Trivia” (英語). IMDb.com. 2015年1月19日閲覧。
  9. ^ バーグ(1990年) pp.170,172
  10. ^ a b c d バーグ(1990年) p.172
  11. ^ Smith(1985年) p.93
  12. ^ C.Harris-Lockwood (2014年9月6日). “Gene Krupa An American Jazz and Big band Drummer” (英語). Uticaphoenix.net. 2015年1月19日閲覧。
  13. ^ Ball of Fire (1941) - Full Cast & Crew” (英語). IMDb.com. 2015年1月19日閲覧。
  14. ^ Jewell(2012年) p.254
  15. ^ バーグ(1990年) pp.172-173
  16. ^ a b バーグ(1990年) p.173
  17. ^ AFI's 100 Funniest American Movies Of All Time” (英語). AFI.com. 2014年10月9日閲覧。
  18. ^ AFI's 50 GREATEST AMERICAN SCREEN LEGENDS” (英語). AFI.com. 2014年10月9日閲覧。
  19. ^ Variety Staff (1940年12月31日). “Review: ‘Ball of Fire’” (英語). Variety.com. 2015年1月19日閲覧。
  20. ^ Bosley Crowther (1942年1月16日). “Ball of Fire (1941)” (英語). NYTimes.com. 2015年1月19日閲覧。
  21. ^ Ball of Fire (1941)” (英語). IMDb.com. 2015年1月19日閲覧。
  22. ^ BALL OF FIRE (1941)” (英語). RottenTomatoes.com. 2015年1月19日閲覧。
  23. ^ Academy Awards, USA Awards for 1942 Oscar” (英語). IMDb.com. 2015年1月19日閲覧。

参考文献[編集]

  • A.スコット・バーグ (著), 吉田利子 (翻訳) 『虹を掴んだ男―サミュエル・ゴールドウィン〈下〉』 文藝春秋1990年ISBN 978-4163445205
  • Ella Smith (1985年) (英語). Starring Miss Barbara Stanwyck. Random House Value Publishing; 1st updated ed edition. ISBN 978-0517556955. 
  • Richard B. Jewell (2012年) (英語). RKO Radio Pictures: A Titan Is Born. University of California Press. ISBN 978-0520271791. 

外部リンク[編集]