摩訶衍
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摩訶衍(まかえん、梵: महायान(Mahāyāna))とは、梵語のマハーヤーナー、(Mahā〈偉大な〉yāna〈乗り物〉)を意味する大乗の音訳。大きい乗り物の意で、鳩摩羅什訳の『摩訶般若波羅蜜経』の「乗大乗品(じょうだいじょうぼん)第十六」で初めて見られる。
摩訶衍、8世紀の唐の仏教僧の名で、招聘されて禅を吐蕃に伝えた。
786年(貞元2年)、敦煌陥落の頃、ティソン・デツェン王は吐蕃に禅僧摩訶衍(マハヤーナ)を呼んで布教させた。 摩訶衍は無念・無想・無作意による悟得の教義を説いて791年には皇后(沒盧氏)を出家させた。
吐蕃では、寂護亡きあとのインド仏教系の僧は禅の教義に疑義を示し、文書による論争を重ね、禁教にいたらせた。しかし、禅の信徒の抵抗で794年禁教が解かれた。
王はインドから蓮華戒を呼び、サムエーのチャンチュプ院においてその面前で摩訶衍を論破させ、妙観察智を捨てた無念の禅を退けたので摩訶衍は敦煌に去り、インド仏教の正統性が認められ、主導権が確立されたと伝えられる(サムエー宗論)。
参考文献[編集]
- 『頓悟大乗正理決』(794年)