扶余諸語

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扶余諸語(ふよしょご)または扶余語族(ふよごぞく。朝鮮語:부여어족、中国語:扶餘語族)は、朝鮮半島北部と南満州における特定の古代言語。

「高句麗語」に関する説[編集]

高句麗語あるいは百済の支配層で話されていたとされる言語も扶余諸語とし、日本語に関連が見出されるとして、以下の仮説も一部で唱えられている。

  1. 高句麗の祖先でもある夫余地域の住民が日本に渡来したのが大和民族のはじまりである。
  2. 百済は高句麗の王族によって建国された。また百済自体が扶余を祖先とする。
  3. やがて百済は大和時代の日本と近しい関係となった。

その点で、日本語は扶余と未だ関連性を持つと認められるとクリストファー・ベックウィズ(Christopher Beckwith)は示している。

日本語と高句麗や百済の死語との関連の可能性について最初に気が付いたのは二人の日本人学者であり、1907年のことであった。 ベックウィズは、主に古代の地名から高句麗語語彙約140語を再現している。そうした語彙の多くが、所有格「の」や限定語句「し」のような日本語と、類似した機能の同系統の形態素であると考えられる形態素を含んでいる。

ただし、「魏志東夷伝」などの「中国史書」に全く高句麗語に関する言及もなく、3世紀当時の朝鮮半島北部から中部にかけて、どのような言語が分布していたのかについては未だ不明であり、再構された「高句麗語」なるものが、本当に高句麗の言語だったのかについても未だに実証はされておらず、そうした高句麗語をもとに立てたものが上記の仮説である(金芳漢: 1985年)。

関連項目[編集]

参考文献[編集]