手向山八幡宮

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手向山八幡宮
手向山八幡宮 楼門
所在地 奈良県奈良市雑司町434
位置 北緯34度41分16秒
東経135度50分41秒
座標: 北緯34度41分16秒 東経135度50分41秒
主祭神 応神天皇
姫大神
仲哀天皇
神功皇后
仁徳天皇
社格 県社
創建 天平勝宝元年(749年)
別名 東大寺八幡宮
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手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)は、奈良県奈良市に鎮座する神社手向山神社とも。

奈良市街東部の手向山麓に位置。手向山は紅葉の名所として知られ、古今和歌集では菅原道真が「このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに」と詠んでいる。

歴史[編集]

東大寺大仏殿前の道を東に行った正面に位置し、すぐ北には東大寺法華堂(三月堂)がある。

天平勝宝元年(749年)、東大寺及び大仏を建立するにあたって宇佐八幡宮より東大寺の守護神として勧請された。八幡宮からの分社では第一号である。当初は平城宮南の梨原宮に鎮座し、後に東大寺大仏殿南方の鏡池付近に移座したが、治承4年(1180年)の平重衡による戦火で焼失、建長2年(1250年)に北条時頼が現在地に再建した。当初の鎮座地とされる梨原宮の所在地は未詳だが、奈良市役所近くにある平城京左京三条二坊庭園跡庭園がその跡ともいわれる。

創建以来、東大寺に属しその鎮守社とされてきたが、明治の神仏分離の際に東大寺から独立した。

文化財[編集]

唐鞍(国宝)

国宝[編集]

  • 唐鞍 一具
内訳:黒漆螺鈿鞍 1背、鞍褥(くらしき) 1枚、障泥(あおり) 1双、雲珠(うず) 2箇、轡(くつわ) 1口、手綱 1懸、面繋(おもがい) 1懸、胸繋(むながい) 1懸、銀面 1面、頚総(くびふさ) 1懸、八子(はね) 10条、鐙(あぶみ) 1双、力革 1双、尻繋(しりがい) 1懸、腹帯 1懸、尾嚢(おぶくろ) 1口、差縄 2条

重要文化財[編集]

  • 境内社住吉社本殿 - 鎌倉時代
  • 宝庫 - 奈良時代、校倉造。もとは東大寺油倉の上司倉。すぐ北には規模・形式とも類似した「東大寺法華堂経庫」が建つ。
  • 木造舞楽面 21面(皇仁庭、崑崙八仙、地久4、新鳥蘇、退宿徳、胡徳楽5、胡徳楽勧杯、胡徳楽瓶子取、胡飲酒、二ノ舞、貴徳、散手、納曽利、採桑老)[1]
  • 木造菩薩面 1面(附 菩薩面1面)
  • 木造獅子頭 2面(附 木造鼻高面3面)
  • 木造狛犬 1躯(附 木造獅子1躯、木造獅子狛犬2対)
  • 赤銅造太刀 銘備前国長船住長光
  • 黒漆四枚居木鞍
  • 唐鞍(黒漆宝相華尾長鳥螺鈿鞍1背、金銅装障泥1双、銀面1面、面繋(杏葉付)1懸、胸繋(杏葉付)1懸、尻繋(杏葉付)1懸、附 木製輪鐙1双)
  • 唐鞍(黒漆宝相華尾長鳥螺鈿鞍1背、八子1条、金銅装障泥1双、轡1口、銀面1面、面繋(杏葉付)1懸、胸繋(杏葉付)1懸、尻繋(杏葉付)1懸、輪鐙1双、雲珠1箇)
  • 移鞍(黒漆鞍1背、轡1双、厚総面繋1懸、厚総胸繋1懸、厚総尻繋1懸、壺鐙1双、鎖面連1懸)
  • 素木鞍
  • 黒漆海松円文(みるえんもん)鞍
  • 壺鐙(鉄宝相華唐草金銅象嵌壺鐙1隻、鉄宝相華唐草金銅象嵌壺鐙1隻、鉄骨木製黒漆半下鐙1隻、鉄骨木製黒漆半下鐙1隻、鉄骨革張半舌鐙1隻、鉄半舌鐙1双)
  • 錦貼神輿
  • 桐竹鳳凰蒔絵瓶子 - 舞楽で使用する小道具。
  • 鉦鼓
  • 彩絵鼓胴 康平4年(1061年)銘

なお、東大寺勧進所八幡殿にある木造僧形八幡神像(快慶作、国宝)は、もと手向山八幡宮にあり、明治の神仏分離の際に東大寺に移されたものである。

主な祭礼[編集]

  • お田植祭(2月節分
  • 転害会(てがいえ)(10月5日)

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 明治35年4月17日指定の「舞楽面15面」(崑崙八仙、地久2、新鳥蘇、退宿徳、胡徳楽3、按摩腫(二ノ舞)、貴徳、散手、納曽利、採桑老、菩薩2)と、大正13年8月16日指定の「舞楽面8面」(皇仁庭、地久2、胡徳楽3、胡徳楽瓶子取、胡飲酒(附 胡徳楽瓶子))を昭和50年6月12日付けで統合・分割指定し、以下の3件とした。(昭和50年6月12日文部省告示第95号)
    • 舞楽面 21面
    • 菩薩面 1面(附1片)
    • 桐竹鳳凰蒔絵瓶子 1口

関連項目[編集]