戸切地陣屋

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戸切地陣屋(へきりちじんや)は、現在の北海道北斗市野崎にあった陣屋である。安政元年(1854年)、江戸幕府が外国船に対する警備のため、松前藩に命じて築造させ、約4か月で完成した。穴平陣屋、松前陣屋、清川陣屋など様々な通称があるが、昭和40年(1965年)、国の史跡に指定された[1]折に「松前藩戸切地陣屋跡」という名称に統一された。桜の名所としても有名。

概要と歴史[編集]

松前藩士・藤原主馬の設計によって縄張りがされた。

陣屋の総面積は、43,400平方メートル、形状は四稜の星形で、東南部の稜堡に6門の砲座を配置した。上から見ると亀のようにも見える。

明治元年(1868年)、榎本武揚率いる旧幕府脱走軍森町鷲ノ木に上陸し、陣屋守備隊は大野付近で会戦、撃破され、陣屋に退却。旧幕府軍の陣屋への追撃を見て、守備隊は自ら陣屋を焼き払い松前及び箱舘に敗走した。

明治37年(1904年)、日露戦争の勝利を記念して、函館の呉服商である岩船峯次郎が表御門跡から陣屋登り口までの一本道に桜の木を植樹し、以来、桜の名所として知られるようにもなった。

脚注[編集]

  1. ^ 松前藩戸切地陣屋跡 - 国指定文化財等データベース(文化庁

関連項目[編集]

座標: 北緯41度51分15.2秒 東経140度37分9.8秒 / 北緯41.854222度 東経140.619389度 / 41.854222; 140.619389