成田郁久美

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成田 郁久美
Ikumi Narita
Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1976年1月1日(38歳)
出身地 北海道旭川市
ラテン文字 Ikumi Narita
身長 173cm
体重 67kg
血液型 B型
選手情報
愛称 イク
ポジション WSL
指高 219cm
利き手
スパイク 299cm
ブロック 276cm 
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成田 郁久美(なりた いくみ、1976年1月1日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。旧姓大懸(おおがけ)。北海道旭川市出身。ニックネームはイク

来歴

三人姉妹の次女として生まれる[1]。小学校4年生から旭川神居ジュニアでバレーボールを始め、6年生の時第7回ライオンカップで全国制覇を果たす。神居中学校から旭川実業高校に進み、1年生から活躍。2年生では高校総体で準優勝の原動力となった。

1994年、NECレッドロケッツに入団。レフトのポジションで攻守両面で活躍。1996年アトランタオリンピックに最年少メンバー(20歳)として参加し全試合に出場した。1997年、黒鷲旗大会で優勝、MVPを獲得。1998年5月、国際バレーボール連盟より1997年度世界ベスト6、アジアバレーボール連盟より、アジアベストプレーヤーに選出された。世界選手権、ワールドカップでは全日本のエースとして攻守にわたり大活躍した。

1999-2000年第6回Vリーグでは、NECレッドロケッツの主将としてチームを牽引し、21戦全勝の完全優勝に導いた。その後も全日本代表の中心選手として活躍したが、シドニーオリンピックの出場権を逃した事に加え、自身も故障が多かった事から、2001年、25歳の若さで現役引退した。

引退後は、ミカサ札幌支社で会社員として勤務するかたわら、地元北海道を中心に特別コーチなどを行っていた。2003年に結婚。同年秋、久光製薬スプリングスに入団して現役復帰。2004年アテネオリンピック世界最終予選から全日本代表に復帰。レシーブ力を買われリベロに抜擢され、本大会出場に大きく貢献した。

久光製薬ではライトとして活躍し、第12回Vリーグで準優勝し、自身もレシーブ賞を獲得した。2006-07Vシーズンにプレミアリーグ、日韓トップマッチ、第56回黒鷲旗大会で3冠を果たした。2007年6月末日を以て、久光製薬スプリングスを退団。同年9月、NECレッドロケッツに復帰しリベロとして活躍。2009年6月同部を退団し、同年9月パイオニアレッドウイングスに移籍した。2009-10Vプレミアリーグから再びスパイカーとして起用され、同シーズンで9年ぶりにサーブレシーブ賞を受賞した。

2000-01シーズンに記録したサーブレシーブ成功率87.4%は今も破られない不滅の記録である。2011年6月、現役引退。

球歴・受賞歴

  • 所属チーム履歴
旭川神居ジュニア(神居小)→ 神居中→旭川実業高等学校NECレッドロケッツ(1994-2001年)→久光製薬スプリングス(2003-2007年)→NECレッドロケッツ(2007-2009年)→ パイオニアレッドウイングス(2009-2011年)
  • 受賞歴
    • 1996年 - 第45回黒鷲旗全日本バレーボール大会 敢闘賞、ベスト6
    • 1997年 - 第46回黒鷲旗全日本バレーボール大会 黒鷲賞、ベスト6
    • 1997年 - 第3回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞
    • 1997年 - FIVBベスト6、アジアベストプレイヤー
    • 1998年 - 第4回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞、敢闘賞
    • 1999年 - 第48回黒鷲旗全日本バレーボール大会 敢闘賞、ベスト6
    • 1999年 - 第5回Vリーグ ベスト6
    • 2000年 - 第6回Vリーグ ベスト6、殊勲賞
    • 2001年 - 第7回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞
    • 2006年 - 第12回Vリーグ レシーブ賞
    • 2007年 - 2006-07プレミアリーグ レシーブ賞、Vリーグ日本記録賞(サーブレシーブ)
    • 2010年 - 2009-10プレミアリーグ サーブレシーブ賞

脚注

  1. ^ 月刊バレーボール 1996年4月号 75ページ

外部リンク