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| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1976年1月1日(33歳) |
| 出身地 |
北海道旭川市 |
| ラテン文字 |
Ikumi Narita |
| 身長 |
173cm |
| 体重 |
67kg |
| 血液型 |
B型 |
| 選手情報 |
| コートネーム |
イク |
| ポジション |
WS/L |
| 指高 |
219cm |
| 利き手 |
右 |
最高
到達点 |
スパイク |
299cm |
| ブロック |
276cm |
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■テンプレートの解説
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成田 郁久美(なりた いくみ、1976年1月1日 - )は、日本の女子バレーボール選手。旧姓大懸(おおがけ)。北海道旭川市出身。ニックネームはイク。
[編集] 来歴
小学校4年生の時、旭川神居ジュニアでバレーボールを始め、6年生で全国制覇を果たす。神居中学校から旭川実業高校に進み、1年生から活躍。2年生では高校総体で準優勝の原動力となった。
1994年、NECレッドロケッツに入団。レフトのポジションで攻守両面で活躍。1996年アトランタオリンピックに最年少メンバー(20歳)として参加し全試合に出場した。1997年、黒鷲旗全日本選手権で優勝、MVPを獲得。1998年5月、国際バレーボール連盟より1997年度世界ベスト6、アジアバレーボール連盟より、アジアベストプレーヤーに選出された。
1999-2000年第6回Vリーグでは、NECレッドロケッツの主将としてチームを牽引し、21戦全勝の完全優勝に導いた。その後も全日本代表の中心選手として活躍したが、シドニーオリンピックの出場権を逃した事に加え、自身も故障が多かった事から、2001年、25歳の若さで現役引退した。
引退後は、ミカサ札幌支社で会社員として勤務するかたわら、地元北海道を中心に特別コーチなどを行っていた。2003年に結婚。同年秋、久光製薬スプリングスに入団して現役復帰。2004年アテネオリンピック世界最終予選から、全日本代表に復帰。レシーブ力を買われリベロに抜擢され、本大会出場に大きく貢献した。
2007年6月末日を以て、久光製薬スプリングスを退団。同年9月、NECレッドロケッツに復帰しリベロとして活躍、2009年6月同部退団。
2000-01シーズンに記録したサーブレシーブ成功率87.4%は今も破られない不滅の記録である。
[編集] 球歴・受賞歴
- 神居中→旭川実業高等学校→NECレッドロケッツ(1994-2001年)→久光製薬スプリングス(2003-2007年)→NECレッドロケッツ(2007-2009年)
- 全日本代表 - 1996-2000年、2004年
- 全日本代表としての主な国際大会出場歴
- 受賞歴
- 1997年 - 第3回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞
- 1998年 - 第4回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞、敢闘賞
- 1999年 - 第5回Vリーグ ベスト6
- 2000年 - 第6回Vリーグ ベスト6、殊勲賞
- 2001年 - 第7回Vリーグ ベスト6、サーブレシーブ賞
- 2006年 - 第12回Vリーグ レシーブ賞
- 2007年 - 2006-07プレミアリーグ レシーブ賞、Vリーグ日本記録賞(サーブレシーブ)
[編集] 外部リンク
バレーボール全日本女子 1996年アトランタ五輪 |
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バレーボール全日本女子 1998年世界選手権 |
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バレーボール全日本女子 1999年ワールドカップ |
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