愛人[AI-REN]

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愛人[AI-REN]
ジャンル 青年漫画
漫画
作者 田中ユタカ
出版社 白泉社
掲載誌 ヤングアニマル
レーベル ジェッツコミックス
発表期間 1999年11号 - 2002年10号
巻数 全5巻
テンプレート - ノート

愛人[AI-REN]』(あいれん)は、田中ユタカによる日本漫画。『ヤングアニマル』(白泉社)において、1999年11号から2002年10号まで連載された。単行本は全5巻。なお、連載期間内では語り尽くせなかったラストに至るエピソードが、単行本での描き下ろしとして発表されている。2009年1月には愛蔵版が全5巻が上下2巻にA5版にして2冊に作者へのインタビュー収録など追加され完全収録として刊行。

概要[編集]

人類の余命が間もなく終わろうとしている終末世界。そこに生きる余命幾ばくもないひとりの少年と、死にゆく人間の精神的な救済を目的として与えられる人造遺伝子人間「愛人(あいれん)」の、人生最後の数ヶ月間を綴った愛の物語。

人はなぜ生きるのか? 人はどこに向かおうとしているのか? そもそも人とは、何なのか?

主人公たちの淡々とした日常生活とともに、滅び行く世界にもたくましく生きようとする人間たちの姿を、作者特有の開放感あるタッチと切ない情景描写、心の奥に突き刺さる台詞で描ききり、多くの読者が涙した。

それまでエロ系の短編作品しか描いてこなかった作者が、足掛け5年もの間この作品のために費やした精神的労力は相当なものだったらしく、連載中の2001年に体調を崩した上でそれでも連載を続けたことで、連載終了後、体の回復と極度のスランプのため、2003年まで休養することを余儀なくされた。


作品世界解説[編集]

この作品で語られる世界は、過去に世界最終戦争が起き、すでに人類が終末へ向かおうとしている時代の地球である。

世界最終戦争のあおりで世界の地形は変わり果て、かつて地上だった部分の多くは海に沈んだが、戦争を生き残った人々はそれでも逞しく暮らしていた。しかし世界全体が著しく疲弊したことで、かつては宇宙にまで足を伸ばすほど高度に発達した文明は、否応なく後退を余儀なくされる。

その一方で人類は、人造人間を容易に生み出すほど高度な医療技術が発達したことで、人としての進化を自らの手で止めてしまう。この時代、人は機械のように生み出されるものであり、また種としての寿命から、旧来の7割程度しか生きられない脆弱な生命力しか持ち得ない存在となっていたのである。ゆえに人の自然生殖行動にはすでに何の意味も持たなくなっていた。一部を除き生殖行動を行なわなくなった人類は、とうの昔に「他人を愛する」ということを失ってしまったのである。その結果、世界の人口は年々減少し続けている。

また国という存在は、この世界の中ではその機能を消失しほぼ意味を失っている。EU中国アフリカなどの地名は出てくるが、人種的、地域的、歴史的な意味において、現代のそれとはまったく無関係なものになっている。それぞれが勝手に名乗っているだけで、本当に現在と同じ地域なのかどうかも疑わしい。国際連合など超法規的存在もあるが、一体何のために、何をしているのかは謎に包まれている。

そんな時、南半球を壊滅させるほどの大災害が起こり、それを発端とした広範囲な政情不安は、やがて中国とアフリカの全面戦争へと移行していく。愚かな人類は、地球規模の危機を前にしてなお自ら殺し合いを選び、いよいよ自らの手で終わりのスイッチを押そうとしていたまさにその時、天空から”竜”に乗って何者かが現れる。その者たちは各陣営の大量殺戮兵器のコントロールを圧倒的なテクノロジーを使って瞬時に掌握して見せた。自分たちの考えの及ばぬ「上の存在」を知った人類は、いったんは頭上に振り上げた拳を下ろさないわけにはいかなかった。事の仔細はどうであれ、それは人類を恫喝(どうかつ)したことに変わりなかったからである。

突如降臨したその者たち、”HITO(ヒト)”は、全世界に向けて「人殺しはやめろ」と警告を発し、人類にごくありふれた人間の愛を説く。

『もう一度あなたが何者であるかを思い出してください。人間とは一体何者であるかを自らに問い掛けてください。』

そして彼は最後に、こう、言った。

『自分たちは人間です。』

と。

彼等は一体何のために、なぜこの時期になって地球に現れたのか?

しかし何者であれ”HITO”は人類の存在意義を脅かすものであり、広く人々に知れ渡れば、それは世界規模の恐慌を起こしてしまう危険な存在だった。国連は”HITO”と接触したことを情報操作を持って一般人たちから隠蔽(いんぺい)する。だが人々は、あれだけ激しかった戦争が急に終結してしまったことに不信感を抱いた。そして戦争難民の間では、未知の存在が人類に密かに接触してきたことがまことしやかに人々の口に語られるようになる。かつて遺棄されたコロニーに自分たちとは違う別の誰か「異人」が存在するというのだ。そこでは「異人」が自分たちを地獄から救う神であるかのように語られ、それはやがて異人信仰=コロニーカルトとして一種の新興宗教のように爆発的に広まりつつあった。そして「異人」が天から降りたとされる南極・地球港の近郊には、異人信仰を信じて被災地難民を中心に100万人以上が集まりだしている。

その様子は、他の地域にもいくつかのニュース映像として流れてきてはいるが、いまだその真相は何も語られていない。

あらすじ[編集]

度重なる戦争と自然災害により疲弊した人類が余命200年程となった地球。

幼いころの大事故が元で余命がつきようとしている少年ヨシズミ・イクルは、一人で暮らすことの寂しさに耐えかね、市に申請し「愛人(あいれん)」の少女を手に入れる。「愛人」はごく近い将来に死ぬことが確定している人間に対して精神的ケアを行なうために与えられる人造人間である。申請はすぐに通り、覚醒したばかりでまだ上手くしゃべることも満足に歩くこともできない少女型の「愛人」を自ら家に連れて返ったイクルは、「愛人」が『あーいー』としか言えなかったことから「あい」と名付ける。

まもなく完全に目覚め動き出した「あい」は、通常の「愛人」とは違い、あまりに幼女チックで、まるで生まれたての子供のようだった。世話をさせるつもりが自分が世話をしなければならなくなったイクルは、さてどうしたものかと思案するも、「あい」のあどけないしぐさと表情は、いつしかイクルにとって死の恐怖と心の隙間を埋める、何よりもかけがえのないものになっていく。

しかし、イクルは知らなかった。「愛人」にもあらかじめ寿命が設定されていることに。

自分と同じように、死ぬことが決まっていながら、それでも生きなければならない、命。

そのことを知ったイクルは「あい」を思わず抱きしめ、『死んじゃやだ。死なないで』とつぶやく。

「あい」はそっと優しい笑顔を見せながら『約束するよ。「あい」は長生きします』と答えるのだった。

二人に残された時間は、あとわずか。

イクルは「あい」と共に最後の瞬間まであきらめずに生きることを決意しながら、残り少ない命の使い方を模索し始める。

登場人物[編集]

メインキャラクター[編集]

ヨシズミ・イクル
本作品の主人公。漢字表記では「吉住 生」。
生まれて間もなく両親共々「大きな交通事故」に遭い、体の半分を失うもその場にいた何者かに「他者」の移植を施され生き延びた。しかしその移植された「他者」はイクルを生かすためには必要なものの、同化も融合もせずに存在しているため、すきあらばイクルの本体を中から食い殺そうとしている。イクルはそういった戦いを自らの身体の中で15年以上も続けたため、その命は間もなく尽きようとしている。イクルは、交通事故のただ一人の生き残りであるが、まだ生まれて間もない時だったため、記憶がほとんどない。しかし宇宙空間で起こった爆発により母親が燃えていくヴィジョンは強烈に残っているようで、そのせいもあってか毎晩死神の立つ悪夢にうなされている。
両親が事故死した後、ある研究所に預けられて育ったが、『最後の瞬間は自分ひとりで生きたい』と願い出て、ある病気の療養所跡を借りきって一人暮らしを始める。しかし一人で死んでゆく寂しさに耐え切れなくなり、「愛人」を手に入れる。
右目下の左頬に事故の時についたとおもわれる切り傷がある。この世界の医療技術では簡単に消せそうであるが、消せない理由は、やはり「他者」の影響かもしれない。
料理が得意で、「あい」を喜ばすためにいろいろと新メニューを覚えて披露するが、自身は「他者」の影響もありほとんど食べることができない。栄養はほとんど薬と点滴。
「あい」のことはなにより思っているが、端から見れば単なる「バカップル」である。ハルカの施設の子供たちには「あいの亭主」と呼ばれている。
「あい」
本作品のヒロイン。イクルが市の福祉課に申請し、手に入れた「愛人」。「愛人」として再生された使命を全うし、短い命を最後までイクルと寄り添って生きる。最初はあどけなかったが、徐々に「愛人」としての人格に目覚め、イクルにとってかけがえのない存在となっていく。
ねぼすけ、大食い、手が空いても何もせずゴロゴロしているだけ。3拍子そろったぐうたら娘。イタズラも大好きで落ち着きがない。
好物はイクルの作るプリン。お絵かきが好き(愛らしくもシュール)で、イクルに買ってもらったスケッチブックに毎日絵日記をつけている。
どちらかといえば、ふっくらとした丸顔。初登場時は黒のロングヘアだったが、第1話でイクルに髪を切ってもらいショートヘアに。その後、徐々にセミロングになる。
ギターやピアノをほんの少し練習しただけである程度まで弾きこなせてしまう。「愛人」としての能力にそういったことは含まれないはずなので、元の人格がかなり優秀だったのではないかと思われる。
イクルへの恋心にはっきりと目覚めてからは、それまでの幼さが抜け、イクルのために料理を作ったり、裏の畑の野菜栽培を手伝ったりするようになる。それと同時に、身体にもふっくらとした丸みを帯びてきている。どうやら「あい」には何者かによって隠されている秘密があるようで、通常の「愛人」にはない特別な変異が起こり始めているらしい。
ナギ・ハルカ
スイックスの女性。イクルの先生であり後見人で、イクルが研究所を飛び出した時には自らの施設(ホーム)に引き取ろうとした。研究所で実験動物のように扱われていたイクルに、生きることの意味をスパルタ教育で植え付けた。そのためイクルは最初かなり怖い人物と思っていたが、それが全て自分のためであることがわかり、心を開くようになる(実際には「他者」に対する興味もあったようだ)。普段は施設と呼ばれる家に、遺伝子操作を失敗した子供たちと共に暮らしている。
当初イクルが「愛人」と一緒に暮らすことには難色を示していたが、イクルの表情が自分と一緒に居たころよりも生気に満ちていることを感じ、心配しつつも見守る。後に「あい」の曇りのない無邪気さに心を許し始めた。また「あい」が通用の「愛人」とは少し違うことに気付き始め、独自でその謎を調べ始める。しかしナギの照合能力をもってしても「あい」がどこから来たのかはつかめなかった。
スイックスゆえに生殖能力がなく、イクルのために自ら身体を張って、かつて人類が行なっていた愛の営みとはどんなものかを教える。イクルにとっての初めての人。当初は大人としてイクルと向き合っていたが、「あい」がイクルを変えていくのを見て、次第に胸のざわつきを抑えられなくなっていく。
お茶菓子が好きらしく、南極でのカレルレンとの会談の際、リクエストしたのは南極銘菓・『白雪姫』。
カマロ・カレルレン
国連事務総長。人類史上最も重要な「HITO」との会見に臨むため、南極・地球港(アースポート)近郊に浮ぶ、HITOの乗って来た”竜”に出向く。黒い肌に金髪を持ち、エリート階級として生み出された特殊な人間。
国連代表として世界の紛争地域の現場に赴き、数多くのむごたらしい状況を直接見てきたことがトラウマとなっている。ある紛争地域では、戦争終結の条件として当事者同士から見捨てられ「人ごと焼却」されることになった、生きながらにして生物兵器にされてしまった罪なき戦争難民たちを、これ以上汚染地域を増やさないために、自ら爆弾を仕掛け虐殺した過去がある。
「名前の無い者たち」による地球港バイオテロの際には、地球港に停泊中の軍艦内にいたので難を逃れるが、仕掛けられたテロが世界同時規模で起こったことを知って愕然(がくぜん)とする。その後の何者かが地球港付近に放った衛星兵器の攻撃により、重傷を負う。
ソン・ソンイル
カレルレンと共に、HITOとの会見に臨んだ国連特別代表団の一人。南極国連本部に併設された病院施設に何らかの病気で寝たきりになっている息子がいる。久々の休暇を取って息子を見舞いに訪れていた時に「名前の無い者たち」によって引き起こされた世界同時多発バイオテロに遭遇。息子に「どんなにひどい世界でも生きていける」ことを見せるために、あえて息子と一緒に「呪い」を受けることを決意する。
マーク・ラインバーガー
南極国連本部・人類種保全委員長。カレルレンと共に、HITOとの会見に臨んだ国連特別代表団の一人。地球港バイオテロの際、ソン・ソンイルに避難勧告するが、息子の命を思うソンの気持ちを変えることはできなかった。
「呪い」によって死にかけているところに現れたハルカに、「呪い」を受けた人間の解析データを託す。
キリト
HITOの代表として突如”竜”に乗って現れ、未知のテクノロジーで瞬時に全世界の大量破壊兵器を掌握し、世界中に向けて愚かな争いを止めるよう演説を行なった。
両の目で色が異なるヘテロクロミア。何らかの理由で左腕を失っており、機械化している。白い髪と肌など、外見上はスイックスに似た特徴を持つが、出自が違うため、スイックスとは違う存在と思われる。
人類と接触し会談を持つも、その後数ヶ月ののち忽然(こつぜん)と姿を消してしまう。しかも、キリトの演説の映像記録は個人の物に至るまで一切残らなかった。まるで幻か幽霊のように…彼は本当にこの世に存在したのだろうか?

サブキャラクター[編集]

ク・メル
HITOの赤髪の少女。カレルレンら国連代表を”竜”の中で出迎えた。
メイホア
ハルカの施設で暮らしている女性。愛しいダンナと、そのおなかに新たな命を宿している。脆弱な生命ゆえ身体のほとんどを機械化している。
ダイチ
ハルカの施設で暮らしている子供。施設を訪れた「あい」にスカートめくりなどのちょっかいを出すが、突っ込んでくるところを毎回足払いされる。体のあちこちに継ぎ接ぎがある。
兵士
ハルカの施設でヒルコ達の番人をしている。目に赤外線スコープのような眼鏡をつけた黒衣の男。施設がまだ衛星軌道上にあるときは宇宙戦用のスペシャル・ソルジャーだった。それゆえ光も音も喜びも悲しみも感じない心と身体を作り上げた史上最強の男。しかし、鍛え上げた能力はついに使われることなく、それゆえにただ目に映るものを見、ただ聞こえるものに耳を傾け純粋に感じることに目覚めてしまった彼は、自分の存在そのものを悔いて生きている。ヒルコの眠る草原に迷い込んできた「あい」の純粋無垢な言葉に心を動かされ涙する。
ナギ
ハルカの母親。三重苦を背負い、動くことも自発呼吸をすることすらできずに生まれてきたが、非常に高度な知能を持ち、自らを研究所の本体である巨大宇宙船(スペース・ラボ)と同化することによってハンデを克服し、その中で人の遺伝子の研究(平たく言えば人体実験)を続け、ついにスイックスを生み出した。高名な生体科学者であり、その功績から「生物化学の巨人」「人類の母」とまで言われた。またそれが転じてナギが主催していた研究機関の名前もそのまま「ナギ」と呼ばれるようになる。その最盛期には、政治的、経済的にかなりの影響力を持っていたようだ。
現生人類に代わる新しい人類を生み出そうと、人間の完成形としてスイックス=ハルカを生み出したが、結局スイックスはほぼ不死身の存在となるものの非常に脆弱な生命力しかもたない失敗作に終わる。
高齢のため、その天才的な頭脳はとうに失われ、幼児退行が始まっている。研究所が地球に降下したのはそのことに原因があるのかもしれない。全ての知覚が施設に繋がっているため、時に施設内でハデなイタズラをしでかしたりする。
イクルの両親
物語時は、すでに故人。交通事故の遺品の中にあったディスクに収録されていた映像で、イクルは自分の両親の姿を知った。そこで語られている分には、両親とも衛星軌道上に浮ぶ学術実験・研究用のコロニーに研究員として赴任していて、配属セクションは違ったものの、そこで行なわれていた親睦会で知り合い結婚したらしい。イクルはこの時代では当たり前になっている体外受精児であるが、出産は母の身体を使い生まれてきた。またイクルは漢字一文字で「生」と書き、これは両親ともに一文字の漢字で表す名前だったことと、生きにくい世の中にあっても精一杯生きて欲しいとの願いを込めて命名された。交通事故はイクルの出生届を出す前に起こったが、遺留品を回収した研究所がこのディスクを見つけたため、イクルの身元が確認された。
両親ともイクルに似ずふっくらとした体つきで、眼鏡をかけている。
国連職員
不意にハルカの施設を訪れたスーツ姿の二人組の男。表向きは引退したナギ博士に今季の地球栄誉市民選出の許諾を受けに来たことになっているが、裏では、HITOとの会談を受けてキリトの正体をナギから聞き出そうというもくろみでやってきた。ハルカはすでに数日前から施設周辺を監視されていることに気づいており、男の一人は自らの腕に偽装したレーザーガンを仕込んでいたが、ハルカに看破され腕ごと引きちぎられる。
ミヤザキ・ヤスオ
市役所の福祉課で「愛人」の墓守をしている管理職員。どうやら閑職であるらしい。申請人が「愛人」を直接受け取りに来ることはたいへん珍しく、そのためイクルのことはよく覚えている。その時はひどく暑い日なのに汗一つかかず、その表情は『死人よりも死人らしかった』という印象を持ったという。
所長
イクルの育った研究所の所長。「あい」のことを調べるため、イクルの記録を調べるために訪れたハルカを迎える。ハルカが先生としてイクルの前に現れた本当の理由を知っている。
剃髪の男の子
施設内でハルカに傷を負わせ脱走しようとした剃髪の少年。かつてテロ組織においてクローニング技術で養殖(大量生産)されていた「正義の戦士」の生き残り。ハルカが引き取った時には、すでに物理的脳改造を施され、感情を全て失っていた。そのため目に入ったものは全て殺そうとする純粋な殺人者となっている。前述の改造はかなり雑なものだったらしく、脱走時にはすでに瀕死の状態だった。生命維持装置をつけて眠らされていたが、なぜか突然起き出しハルカに襲い掛かった上、施設内の森に倒れていたところをイクルに見つけられる。
「名前の無い者たち」
南極の国連本部をバイオテロで襲撃した者たち。カレルレンの手記によれば、それが何者であったのかは、今なお特定されていないらしい。テロ後、南極国連本部に突撃した警備隊員たちが見たものは、幾重にも広がる人の焼け焦げた跡だった。また北半球のいくつかの地域にも「ボンベイ級の旧世紀型の原爆」を少なくとも5発落としている。
理由は不明だが、全ての人類に対し強い恨みを持っているようで『呪いは放たれた!今日という日より全ての人間は人間でいられなくなる。死ね!』と録音テープで犯行声明を出し、地球港を始め世界同時多発テロを仕掛けて、再び世界規模の大戦を起こし、この世に最大の厄災を招く。

用語[編集]

出典は全て作品中より抜粋したもの。

愛人(あいれん ai-ren)
終末期にある患者の精神的ケアを目的として、擬似的配偶者や恋人としての役割を果たす人造遺伝子人間。何らかの理由により存在を許されない人造遺伝子人間を凍結し、元の人格を封印することによって「愛人」として再生させる。医学的に死が避けられないと認められた患者が、市の福祉課に申請することによって手に入れることができる。正式名称はAGH-RMS(Artificial Genes Human Regenerated for Mental Support=精神救護用再生人造遺伝子人間の略)。普段は市の地下にある、墓場のような冷凍施設に保管されている。
封印される前の人格は、テロの自爆要員、犯罪組織の殺し屋、愛玩用の少女売春婦など、生かしておいては人間にとって害をなす、存在そのものが否定されたものばかり。つまり、時の権力者が自らの野望を達成するために仕込んだ裏の存在として機械同然に生み出された「物」たちである。
再生処理後、約14時間で運動機能を回復し、約30時間前後で人格レベルが肉体年齢まで達しそこで安定。以後は寿命までそのままの状態を保たれる。再生期間はおおむね10ヶ月ほどだが、約8ヶ月から10ヶ月で予め刷り込まれた死のプログラムが急速に発動し、再生期間を終える。また一度再生された「愛人」の寿命を延ばすことはできない。
「愛人」の封印された記憶は、人権上の配慮から誰も知りえないようになっている。また元の人格の封印から新しい人格のプリンティングまで全て機械が自動管理していて、そのデータもすぐに完全に破棄されるため、誰ものぞき見ることはできない。
よく語られるサイボーグアンドロイドクローン人間などとは違い、人間の手によって、ある目的のために”遺伝子を組替えて作られた人間”なので、医学的見地からもまったく普通の人間と変わりなく、食事も排泄も当たり前にするし、免疫力が低下すれば風邪もひく。
スイックス(sixes)
遺伝子改良されたエリート人間たちの俗称。人間としての最終完成形。真っ白な髪と肌、東洋的な美貌を持ち、不死身に近い生命力を持っているが、生殖能力はなく、青年期に入ると身体の絶えざる自己崩壊に晒される。
遺伝子操作により免疫力がアップしているため、どんな病気もかからないし、また老いることもない。ゆえに外からは首を切り落とすことぐらいしか完全に殺す方法はないが、その一方で遺伝子を操作しすぎてしまったため、ある一定の期間が過ぎると肉体が徐々に内部崩壊を起こすほど脆弱なものになってしまう。それを補うため、定期的に破損した肉体の付け替えを行なわなければならない。(ただし、生殖能力はないにしても子を育てる仮腹にはなれるようで、その場合、スイックスの能力が子供に遺伝し、自らは免疫力が低下するなどの現象が起こることが確認されている)
元はアメリカSF作家フィリップ・K・ディックの小説から引用された言葉。
「他者」(たしゃ)
事故により身体の半分を失ったイクルに移植されたもの。免疫学的に必要な存在とわかっていながら、その正体は作品世界の中でも明確になっていない。移植された相手に生命維持する力を与えるものの、融合も同化もせず、ただ内部から徐々に侵蝕しようとする。「他者」は、イクルが失った部位を形だけ補っているのではなく、遺伝子レベルでイクルの中に入り込んでいる。一説によれば移植されたものは「HITO」なのではないかと言われているが、それも定かではない。イクルには「他者」の姿が髪の長い女性の姿に見えているようだ。
死神(しにがみ)
毎夜イクルの前に現れては、何も答えず、ただじっとイクルを見つめる。外見上は髪の長い女性らしき姿をしているが、ただイクルにはそれが禍禍しい存在であることだけは解かっているので、必死に抵抗を試みている。イクルの病状が進むにつれ昼間でも見えるようになり、イクルを苦しめる。死を恐怖するイクルが生み出した「他者」のイメージそのままのようだが、「愛人」にない特徴を見せ始める「あい」の存在に疑問を感じ独自で調べだしたハルカと「あい」の前にも現れる。
南半球災害(みなみはんきゅうさいがい)
地球の南半球で起こった超大型の未曾有の大災害。物語の中ではこの大規模災害の発生からそれなりに時間が経っているようだが、それでもまだ世界全体が大変な政情不安に陥ったままである。イクルたちの住む地域ではあまり影響あるようには見えないが、現場はこの世に現出した地獄絵図であるらしい。今なお災害被害は日に日に拡大を続け次々と大量の死者が出ている。EUや国連などが治安維持部隊を送ったりしているようだが、それでも手に余ってしまっている状態であることが、連日ニュースでも伝えられている。
交通事故(こうつうじこ)
イクルがまだ生まれて間もない頃に見舞われた事故。交通事故となっているが、地上ではなく宇宙空間での出来事である。「母が燃えていくのを観た」という作中の描写から推察すると、コロニーと地球を移動するシャトルが大気圏突入時に何らかの事故に遭い、その際に乗り合わせたイクルの両親が犠牲になったものと思われる。
HITO(ひと)
南半球災害に端を発し起こった中国、アフリカ両陣営の世界を巻き込んだ戦争の最中、突如として天空から竜に乗って現れた存在。この世界には存在しない高度なテクノロジーを有し、今まさに己の手で自らの命を絶とうとしていた人類に「人殺しはやめろ!」と警告を発し、世界を滅亡から救う。その際、衛星兵器はおろか全ての大量破壊兵器のコントロールがジャックされたことで、為政者たちは怖れをなして戦争を止めざるを得なかった。
その正体は、かつて地球の衛星軌道上にあった実験用コロニーごと放棄されていた遺伝子改造生命が、独自に進化進歩したナギのスイックスたちではないか、と推察されている。宇宙空間で急速に進化した「人類が初めて出会う、人類より上の存在」である。多くの人々には突如現れたように見えているが、実は10年以上前から人類と秘密裏に接触があったともいわれている。
人類と最初の会談を持って以来、HITOは世界を掌握したにもかかわらず、何ら要求も命令もせず、天罰も救済も与えないまま、会談から数ヶ月の後、忽然とその姿を消す。キリトが世界中で流した“演説”も個人のデータディスクに録画されたものでさえ綺麗サッパリ消えてしまっていた。彼等の存在自体がなかったことになってしまったのだ。
彼等は、何のために現れ、なぜ姿を消したのか? 本当に、つかの間の“幻”だったのだろうか?
竜(りゅう)
HITOが乗り、天から降りてきた巨大宇宙船かコロニーのようなもの。くねくねと曲がる蛇のように長く伸びた部分と大きな羽から、翼を持つ竜のようなイメージを抱かせる。
国際連合(こくさいれんごう)
この世界の国連は、現実世界のものとはまったく違う別組織。本部は南極の地球港にある。秘密裏にHITOと接触し、その事実を世界から隠蔽しようと暗躍する。しかしHITOが忽然と姿を消してから数日後、何者かによるバイオテロにあい、国連本部は壊滅してしまう。
地球港(あーすぽーと)
南極にある人類がHITOとの会談を行なった国連本部がある場所。HITOとの会談を世間に知られたくないため、国連は表向き「混乱に乗じたテロ行為に対抗する必要な措置」として報道管制を敷いて地球港を封鎖。HITOとの接触事実を隠蔽した。しかし沖合いには、異人信仰を信じ、助けを戦争被災者の難民が100万人以上押し寄せてしまっている。
世界同時多発バイオテロによって引き起こされた世界戦争で、何者かの使った衛星兵器により周辺地域ごと跡形もなく蒸発、消滅する。
コロニーカルト
異人信仰(いじんしんこう)とも言われる。南半球大災害以後、難民の間に実しやかに囁かれている噂がそのまま新興宗教のように語られるようになったもの。元は「かつて衛星軌道上に遺棄されたコロニーには人間を遥に上回る存在”異人”がいる」という噂だったが、それが被災難民に広がるに連れ、「その者たちがいつか地球に飛来し、自分たちを救ってくれるかもしれない」というある種の信仰めいた話になっている。ある瞬間から戦争はピタリと止み、さらに”HITO”なるものが全世界に向けて「演説」を行なったことで「今まさに“異人”が南極に降り立っている」という話になり、実際、国連が地球港の封鎖を行なったために噂の域を越えて信憑性が増し、多くの被災難民が南極の沖合いに終結し出した。その数はすでに100万人規模に達していて更に増えそうな勢いである。
長生きのトマト
「あい」が育てているトマト。「あい」が来る前にイクルが家の裏庭に植えていたが、命に絶望感を覚えたイクルが引き抜いて捨てた。それを「あい」が見つけ再び埋めなおす。強い生命力があるらしく、引き抜かれてほうっておかれたにもかかわらずそのまま根を伸ばそうとしていた。「あい」は毒の雨の中、枯れかかっているトマトに傘を差して「生きて」と見守る。
毒の雨
作中でイクルが「当たると死んじゃう」と言っていることや、トマトが枯れだしたことから、過去の大戦で使用された兵器や天変地異が巻き起こした有害物質を含んだ強度の酸性雨であると思われる。この世界では通常の雨に混じり、思い出したように降るらしい。上空の気流に流されてくるのだろう。
施設(ホーム)
ナギ・ハルカらが暮らす巨大なドーム型の家。実はその昔、地球の衛星軌道上に浮んでいた巨大宇宙船(コロニー?)で、世界最大の人類研究機関「ナギ」と呼ばれていた。元々自立型のスペース・ラボだったので、必要なエネルギー・水・食料に至るまで、半永久的に自給自足が可能。現在この中には、ハルカとナギの研究員だった人々、遺伝子改造に失敗した子供たちらが多数住んでいる。中は相当広いらしく、草原のような場所まである。
ヒルコ
新しい人類を作るための遺伝子操作実験に使われ犠牲になった「元気に生まれてくるはずだった」子供たち。実験の失敗によって捨てられるが、殺処分とはならず、施設の中の草原地帯に大型カプセルのような生命維持装置の中で生き長らえている。
市役所(しやくしょ)
地下にある墓場のような場所に人造遺伝子人間が冷凍保存されて眠っている。この中では常に雪が舞うような低温状態が維持されている。「あい」もここで眠っていたのだが、覚醒後、なぜか何者かによって市役所の記録データが消されていた。また長く墓守をしている管理者のミヤザキも、「あい」がここにいたことは覚えているものの、いつから「あい」がそこにいたのかは覚えていない。他の「愛人」のことはよく覚えているはずなのに…?
「呪い」が振り撒かれた世界同時多発バイオテロの前日に、イクルと「あい」は二人でここを訪れている。きっと自分たちの墓参りのつもりだったのだろう。
研究所(ラボ)
イクルが育った場所。イクルはここで様々な研究の対象になっていた。元ナギ系列の研究機関ということで、新しい人類を生み出す研究を進めていたらしい。かつては資金的にも優遇されていたが、人類としての進化を止めてしまった今になっては何の役にも立たない組織と見なされ、近々閉鎖されるらしい。イクルに移植された「他者」についても調べていたが結局真相はつかめなかった。
音楽会(おんがくかい)
この世界においても娯楽としての音楽は存在するが、それは新たに生み出されたものではなく、旧時代から残されたものを密かに演奏し楽しむ人造遺伝子人間のグループがいるにすぎない。彼等は全て何らかの理由で世間から用済みになった存在であり、町の施設を利用し、定期的に音楽会を開いては人々を楽しませている。イクルと「あい」は、「あい」のお気に入りだったミュージシャンたちの音楽会に出かけ、予定より早く対象者に死なれてしまった「愛人」の歌い手に出会う。自らの命が少ないイクルは、この「愛人」の歌手もまた、もうすぐ命が尽きようとしていることに気づく。呆れるほどに猥褻で露骨な言葉であったが、生命力に満ち溢れた喜びの歌に、イクルと「あい」はただ涙するのだった。
遺伝子操作(いでんしそうさ)
この時代に生きるほとんどの人間は、全て何らかの遺伝子操作を受けてから試験管ベビーとして生まれてくる。つまり人間は医学的に優れた遺伝子情報を持つ子供を生み出す術を持ってしまったがために、男女の恋愛感情はあっても、自らの子孫を残すための性交という行為自体をまったく必要としなくなっている。そうして生まれてくる子供たちは、生まれる前から必要な用途に沿って(例えば政府機関の有力者になる等)生み出されているため、この世界の人間は、基本的に皆優秀な人材と言えなくもない(実際イクルもまったくの免許なしに車を乗りこなしたり、ピアノを弾いたりしている)。ただそうした背景の影で、人が本来持っていたたくましい生命力は削られていき、脆弱な存在になり下がった人類が支配する世界となってしまった。
このように遺伝子操作技術が高度に発達した原因は、過去に起こった爆発的な人口増加による地球環境破壊にある。地球という1つの惑星に過剰なまで増えすぎた人類は、徐々に地球そのものを侵蝕し始め、その結果パワーバランスの均衡を崩して、ついに人類は世界最終戦争を起こしてしまう。これによって自らの手によって壊滅的打撃を負った人類は、人間が生活圏を確保するために、必要となる人間を必要な数だけ生み出す政策を実行する。それにより人類の人口はコントロールされ、同時に種としての寿命を考え、新たな人類を生み出そうとする研究機関が設立された。その中心となったのがナギであり、そこで生まれた人類の最終形態が「スイックス」なのである。その一方で違法に生み出される命もまた少なくなく、そういった者達は生まれざる者として捕えられた後、人格を破壊され放棄されるか、もしくは人格を封印した上で凍結保存され、「愛人」として第2の短い人生を生きることになる。
なお、出産方法についてはそのまま試験管ベビーとして生まれてくる他に、体外受精卵を母体に移して産む場合があるらしい。ただし、この時代の免疫力の低下したひ弱な生命力しかない人間にとって、それは寿命を縮める行為に等しく、そういった方法を取る親はほとんどいない。イクルは両親の強い要望もあって、母の母体から生まれた人間である。
「呪い」(のろい)
南極国連本部襲撃テロの数日後、一般市民が暮らす南極・地球港ドームに仕掛けられたバイオテロで使用された、人造ウィルスやナノマシン等とはまったく違う新種の生物兵器。大型コンピュータが解析し、かろうじて導き出した答えは『ヒト共生型人造擬似生命体』。「呪い」には、あらゆる防護壁、防護服の類がまるで役に立たず、同時多発バイオテロにより世界のあらゆる場所で噴出し、一気に全世界に蔓延してしまった。この類をみない遺伝子汚染で生物種としての現生人類は取り返しのつかないダメージを受けてしまう。
国連のマーク・ラインバーガー博士が、「呪い」を受けてなお生き残った患者のDNA配列を解析したところ、彼等に起こった変化は個々に違うものの、外見上の変化は何もなく、しかし、皆等しく、現在の世界から見て「人間」と判定できるものではないという。可能性として存在する答えは、「呪い」とは、人類を人為的、強制的に進化に追い込み、歴史の終わりに何者かが用意していた新世代の人類を作り出すための未知のテクノロジーではないか、としている。ただし、外部からあまりに急激に変化を強要するため、それに絶えられなかった場合は、もはや死を待つのみである。
最終浄化(さいしゅうじょうか)
某国同士の紛争において、お互いが相手にダメージを与えるため、戦争難民に対してバイオウィルスを散布し、生きながらにして人間生物兵器にして送り込むという作戦が遂行される。感染者たちは生きているうちは何も起こらないものの、死ねば死体から汚染物質が放たれ、周囲に甚大な被害をもたらす。しかし感染者のそばにいれば必ず伝染するというわけではないようだ。しかし最終的に国連の政治的介入により紛争は終結。その条件として人間生物兵器となった戦争難民たちを”双方合意の上”処分することになる。国連代表として若かりし頃のカレルレンは、紛争地帯にいる難民を助けようとするが、一度人間生物兵器となってしまった者たちを助ける術はなかった。カレルレンは難民の母親が自分の子を指し示し「なぜこの子が殺されなければならない?」という呪詛を浴びせられながら、己の無力さを嘆きつつ、自ら戦略爆弾で難民たちを「浄化」した。

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