惑星ピスタチオ

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惑星ピスタチオ(わくせい - 、英語表記:PLANET PISTACCIO)は、かつて存在した日本劇団。座長は腹筋善之介、座付き作家・演出家は西田シャトナー1989年の旗揚げ以後、関西の小劇場を中心に活動。2000年、解散。

目次

[編集] 概要

小道具などを一切使わず、パントマイムと膨大な説明科白を駆使して場面描写や登場人物の心情を表現する「パワーマイム」と呼ばれる手法、そして一人多人数役を次々に切り替えながら多くの役をこなす「スイッチプレイ」等、独特の演出法が話題となる。動員2万人を誇り、「劇団そとばこまち」や「劇団☆新感線」、「劇団MOTHER」などと並んで関西を代表する人気劇団となった。

宇宙から降り立つ巨大ロボット、数万人の武士による合戦、バクテリアと戦う白血球のミクロの世界、宇宙空間での戦闘シーン、生身の体による音速走行のデッドヒート、 異国のサーカス、のどかな田園風景を走る列車まで、演劇化不可能と思われるありとあらゆる表現をパワーマイムと一人多人数役で行った。

[編集] 来歴

  • 1989年神戸大学演劇研究会「はちの巣座」に所属していた腹筋善之介、西田シャトナーらによって結成。
  • 1990年、『ファントム OF W』公演で旗揚げ。
  • 1998年平和堂ミラノ佐々木蔵之介いちいりえの3人が退団。
  • 2000年、『4人のN氏』公演をもって解散。
  • 劇団解散後、西田シャトナーら数人のメンバーによって、演劇製作事務所「アプリコット」が設立されるも、2年経たずに解散。現在は各メンバーが独自の活動を行っている。

[編集] 所属していたメンバー

[編集] エピソード

  • 座長の腹筋曰く、「惑星ピスタチオ」は「よく言えばストイック、悪く言えばすごく縛りのキツイ劇団」であった。芝居や稽古が終わった後も皆で酒を飲みに行くこともなく、また、観客との距離の取り方もわかっておらず、本番が終わった後の出待ちも禁止していたという[1]
  • 当時、北海道のテレビ局でも「惑星ピスタチオ」の公演が放映されていて、演劇ユニット「TEAM NACS」のメンバーはその放送をビデオで録画し、何度も観ては研究したり、東京公演で買った土産の「ピスタチオ・キャップ」を5人揃って被ったりするほどの大ファンであった[2]。NACSのメンバーの大泉洋音尾琢真は、映画『アフタースクール』で佐々木と共演した際にそのことをカミングアウトし、さらには佐々木の忘れていた台詞まで披露するなどコアなファンぶりに佐々木を驚かせた[2]
  • 劇団解散後の2000年に放送されたNHK連続テレビ小説オードリー』では、腹筋と佐々木が2年ぶりに再共演を果たした。

[編集] 主な上演作品

[編集] 西田シャトナー作

  • ファントム OF W(1990年1月)
  • 熱闘!! 飛龍小学校(1990年12月、1992年10月、1994年8月)
  • 白血球ライダー(1991年10月)
  • 大音劇 黎明編(1991年12月)
  • 大音劇 誕生編(1992年4月)
  • 港のウィンダム(1992年2月)
  • 信長華舞台(1992年8月・9月)
  • 小林少年とピストル(1993年7月、1995年2月 - 4月)
  • 破壊ランナー(1993年9月 - 10月、1994年12月 - 1995年1月、1999年6月 - 7月)
  • コン・ティキ(1994年1月)
  • 白血球ライダーDX(1994年3月・5月・7月)
  • ナイフ(1995年9月 - 10月)
  • ホントに?(1995年12月 - 1996年1月)
  • ロボ・ロボ(1996年3月)
  • 腹筋善之介一人芝居 『ファントム』(1996年)
  • Believe(1996年9月 - 12月)
  • 熱闘!! 飛龍小学校☆パワード(1997年5月 - 6月)
  • WORLD(1997年9月 - 11月)
  • 白血球ライダー2000(1999年10月 - 11月)
  • 4人のN氏(2000年3月)

[編集] 平和堂ミラノ作

  • モダネラ(1991年4月)
  • レコンキスタ(1993年2月)
  • 満月の都(1995年6月)
  • 大切なバカンス(1998年4月 - 6月)

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

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