忘れられる権利

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忘れられる権利(わすれられるけんり、: right to be forgotten)とは、インターネットにおけるプライバシーの保護のあり方として登場した新しい権利である。「忘れられる権利」の定義は論者によって異なる。2015年5月、グーグルは、欧州において検索結果から削除する情報をどう決めているのか、データをもっと公表するよう80人の学者グループから要請されている[1]。2014年5月、EU司法裁判所はグーグルに対して個人のプライバシー侵害に基づく検索結果の削除を命ずる判決を下している[2]

インターネットは爆発的な速度で情報を拡散し、それを半永久的に記憶する。この性質が現代において深刻なプライバシー侵害を引き起こしている。「忘れられる権利」は、このようなプライバシー侵害の事態について救済の必要性があるという問題意識から提唱されている。他方で検索エンジンは、人々がインターネット上で情報の発信と受領をマッチングさせるのに不可欠なインフラとして機能している。発信・受領される情報には、個人情報でありながら公益に資するものが相当量ふくまれる。そのため、検索結果に特定の情報が表示されないようにする措置を安易に認めると、情報発信者の「表現の自由」や情報受領者の「知る権利」を侵害する可能性が高い。そこで、プライバシーの一内容として「忘れられる権利」を認める必要があるのか、また、仮にあるのだとすれば、「表現の自由」や「知る権利」といった既存の権利といかにバランスをとるべきなのかが議論されている。

概要[編集]

上述のとおり、「忘れられる権利」は新しい概念であり、その意味するところは論者によって異なる。もっとも、この権利は主にEUの法制度のもとで議論されている概念であるということに留意されたい。以下、「忘れられる権利」を巡る議論の沿革を概観する。

2011年11月、フランスの女性がグーグルに対し「過去のヌード写真消去」を請求して勝訴するという判決が出された。この判決は、世界で初めて「忘れられる権利」を認めたものとして画期的なものであった[3]

この判決が契機となり、EUでは「忘れられる権利」を立法として承認する動きが生まれる。2012年1月、欧州委員会(European Commission)は、EUデータ保護指令に代わる立法として、「EUデータ保護規則案」を提案し、この規則案の第17条で「忘れられる権利」を明文化した。同条では、個人が管理者に対して自らに関する個人データを削除させる権利、当該データのさらなる拡散を停止させる権利、及び、第三者に対して、当該データのあらゆるリンク、コピーまたは複製を削除させる権利が規定されている[4]

ただし、この規則案はあくまで欧州委員会による提案段階のものであり、その後2014年3月に、欧州議会の第一読会で、修正されている(なお、現在は、欧州議会と欧州理事会が、規則案の共同採択に向けて議案を修正している段階である。)。この修正により、「忘れられる権利」という文言は条文から削られ、代わりに「消去権(right to erase)」という文言が用いられようになった。消去権の内容として、①管理者に個人データを消去させる権利、②管理者に個人データの頒布を停止させる権利に加え、③第三者に個人データのリンク、コピー又は複製を消去させる権利が規定された。そして、EU 域内の裁判所又は規制機関が、消去されるべきであると判断した個人データについても、消去権の対象となった[5]

以上の事情があり、2014年5月13日、EU司法裁判所は、検索主体(data subject)は、一定の場合に、検索事業者に対して、検索リストから自己に関する過去の情報の削除を求めることができるとして、いわゆる「忘れられる権利」を認める先行判決を下したのであった[6][7][8]。グーグル側は「検索エンジンはインターネットで閲覧可能な情報へのリンクを提供しているだけで、情報の削除権限は当該情報を公開する人にのみあり検索結果の修正は検閲に当たる」と主張したが、欧州裁判所はこの主張を認めなかった[9]

このように、欧州では「忘れられる権利」を承認する動きが強まっているが、他方で、表現の自由とのバランスも喫緊の課題となっている。グーグルは、この判決を受けて、諮問委員会を設置し、自社の見解について報告書を発表した[10]。報告書では、上記判決の適用範囲が欧州に限定されるということが述べられている。また、削除要請があった際の判断基準について、(1)データ主体の公的役割,(2)情報の性質(個人のプライバシーへの強い影響,公衆の利益),(3)情報の出処(source),(4)時の経過の4点を考慮すべきことも述べられている。


日本における「忘れられる権利」の位置付けについては、議論の一致をみないが現状である。とりわけ、日本では、プロバイダがプロバイダ責任制限法に従ってウェブページの削除要請に自主的に応じているため、問題が顕在化しにくいという背景がある。また、プロバイダに限らず、検索エンジン側も自主的に削除要請に応じる姿勢を有している。たとえば、グーグルは「Google からの情報の削除」というウェブページを用意しており、ヤフーも「検索結果に情報を表示しないようにするには」というウェブページを用意している。

このような自主的な削除要請が奏功しなかった場合には、司法による解決が必要となる。裁判実務も、日本における既存のプライバシー権の判断枠組みの延長で、個人情報の保護を一定程度図っている。例えば、東京地方裁判所は、2014年10月に日本で初めて検索結果の削除を命じる旨の仮処分決定をグーグルに発令している[11]。この仮処分決定では、原告の人格権侵害を理由に、たとえ検索エンジン側に人格権侵害に係る故意・過失がなかったとしても、原告は救済が受けられるとされている点で画期的であった[12]

注目すべきは、2015年3月に、ヤフーが、日本で検索情報の削除に応じる際の新基準を公表したことである[13]。ヤフーの報告書では、掲載時に適法だったウェブページの情報が、一定期間の経過により、ある時点から違法な情報になり得、この場合には既存のプライバシー侵害の枠組みで考えることができるという見解が示されている。他方で、掲載情報が適法な時点で、既存のプライバシー侵害の枠組みと異なる観点から検索結果を非表示にすべきケースがあるかについては、否定的な見解が示されるとともに、今後の議論の蓄積を待つ他ないと指摘されている[14]

今後は、インターネット上に公開された個人情報を保護するにあたって、既存の枠組みでどこまで被害者を救済することができるのか、また、プライバシーの保護と表現の自由をいかなる基準のもとでバランスさせるのかが問題となる。

参考文献[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]