忍頂寺

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忍頂寺(寿命院)
Ninchoji Hondou01.JPG
本堂
所在地 大阪府茨木市大字忍頂寺258
位置 北緯34度53分44.5秒
東経135度32分39.8秒
山号 賀峰山
宗派 高野山真言宗
本尊 薬師如来
創建年 (伝)851年
開基 (伝)三澄
中興年 寛永年間
中興 石橋院栄尊
別称 寿命院
札所等 摂津国三十三ヶ所第23番
文化財 五輪塔
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忍頂寺(にんちょうじ)は、大阪府茨木市大字忍頂寺にある高野山真言宗寺院山号は賀峰山(かぶさん)。現在は 寿命院(じゅみょういん)とも称する。

本尊薬師如来竜王山の麓に位置する。また、竜王山と忍頂寺は大阪みどりの百選に選出されている。本堂東には、鎮守社である八所神社がある。

目次

[編集] 歴史・概要

寺伝によれば、聖武天皇の時代(724年-748年)に行基が創建したという。『摂津名所図会』には、開成王子が創建したと書かれている。いずれも史実とは考えられておらず、勝尾寺三世証道上人の弟子三澄が国家鎮護のため、851年仁寿元年)に開基したという説が有力である。当時は「神岑山寺」(かぶさんじ)と称した。860年貞観2年)9月20日に清和天皇より、忍頂寺の寺号を贈られ、勅願寺となった。

鎌倉時代仁和寺の支配を受け、南北朝時代の頃に、本堂が戦火に巻き込まれ焼失したと伝わる。永禄の頃には、織田信長から保護を受けたが、キリスト教伝播の影響で寺院は焼かれ、高山右近に寺領を没収された。

寛永の頃(1624年-1643年)、石橋院榮尊が中興を図る。領主 小田切土佐守直年の支援もあったが、再び荒廃した。

全盛期には23もの寺坊を有し、勝尾寺神峯山寺などと並び、山岳修行(修験道場)の聖地として知られる大寺院 だったが盛衰を繰り返して、支院の1つであった寿命院が現在の忍頂寺として残っている。

[編集] 伽藍

  • 本堂 - 薬師如来本尊とする。
  • 鐘楼 - 梵鐘には「寛文四年三月三日鋳鐘」の銘がある。
  • 観音堂 - 聖観音本尊とする。
  • 水子・子育地蔵尊
  • 小織姫明神 (鐘楼の脇にあり、石碑のような姿形をしている)

[編集] 文化財

五輪塔
  • 五輪塔 - 花崗岩製、総高2.3m。境内の奥にあり、1978年昭和53年)8月1日に大阪府指定文化財となっている。「元亨辛酉七月十五日金剛佛子定盛」の銘があり、元亨元年(1321年)の建立と判明している。[1]

[編集] 札所

[編集] 交通アクセス

[編集] 脚注

  1. ^ 忍頂寺五輪塔(2008年12月30日閲覧)

[編集] 関連する人物

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