徳本

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徳本(とくほん、宝暦8年(1758年)? - 文政元年10月6日1818年11月4日)?)は、江戸時代後期の浄土宗。俗姓は田伏氏。号は名蓮社号誉。紀伊国日高郡の出身。徳本上人徳本行者とも呼ばれた。

[編集] 略歴

27歳のとき出家し、木食行を行った。各地を巡り昼夜不断の念仏や苦行を行い、念仏聖として知られていた。大戒を受戒しようと善導に願い梵網戒経を得、修道の徳により独学で念仏の奥義を悟ったといわれている。文化11年(1814年)、江戸増上寺典海の要請により江戸小石川伝通院の一行院に住した。一行院では庶民に十念を授けるなど教化につとめたが、特に大奥女中で帰依する者が多かったという。江戸近郊の農村を中心に念仏講を組織し、その範囲は関東・北陸・近畿まで及んだ。「流行神」と称されるほどに熱狂的に支持され、諸大名からも崇敬を受けた。徳本の念仏は、木魚と鉦を激しくたたくという独特な念仏で徳本念仏と呼ばれた。墓所は一行院。

[編集] その他

  • 文化13年(1816年)、上州遊行の際、その途中、武州児玉郡本庄宿円心寺小笠原信之が建立)に入り、3月23日に念仏百唱会を行い、1,400人の信者が参集。この念仏会を記念して、翌年(1817年)6月、行者の独特の筆跡による「南無阿弥陀仏」の名号碑が念仏構中の手によって建てられる。
  • 十一代将軍・徳川家斉の実父、一橋治済の帰依が篤かったとされる。

[編集] 関連項目

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