平成ノブシコブシ

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平成ノブシコブシ
メンバー 吉村崇
徳井健太
別名 ノブコブ
結成年 2000年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 2000年 -
出身 NSC東京校5期
出会い NSC
旧コンビ名 コブシトザンギ
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 コント漫才
現在の代表番組 なし
過去の代表番組 ピカルの定理
平成ノブシコブシの破天荒ダメだし!
音笑!MMM(Midnight Multi Media)
コンバットなど
同期 ピース
キングコング
NON STYLE
ウーマンラッシュアワー(村本大輔)
など
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平成ノブシコブシ(へいせいノブシコブシ)は、吉村崇と徳井健太の2人からなる、吉本興業東京本社(東京吉本、厳密には子会社のよしもとクリエイティブ・エージェンシー)に所属するお笑いコンビ。若手ユニット「ラ・ゴリスターズ」の一員である。

東京NSC5期生。2000年結成。略称ノブコブ。旧名コブシトザンギ

メンバー[編集]

徳井 健太(とくい けんた、1980年9月16日(33歳) - )ツッコミ担当(たまにボケ)

  • 血液型A型、身長175cm、体重80kg、B97/W88/H94 S27.0 左利き。
  • 北海道野付郡別海町出身[1](実際の出身地は千葉県[2])、北海道別海高等学校卒業[3]
  • 既婚。2児の父である。
  • 無類のアイドル好きである。
  • 競艇ファンである。
  • 売れない頃からギャンブルに手を出しており、結婚後も妻からもらった教習所の費用をギャンブルに注ぎ込んで怒られたことがある[4]
  • 別名「サイコ(野郎)」[5]

吉村 崇(よしむら たかし、1980年7月9日(34歳) - )ボケ担当(たまにツッコミ)

  • 血液型A型、身長175cm、体重67kg、B89/W84/H97 S28.0、髭面。
  • 北海道札幌市出身[1]北見市生まれ。美唄市を経て中学生のときに札幌市に移る[6])。北海道札幌手稲高等学校卒業[3]
  • 上京して間もない頃、色が白いからという理由で一日に二度かつあげにあったことがある[7]
  • 破天荒」を自称するが誤用であり、(本来の意味をふまえて)「まだ何も成し遂げてねえじゃねえか」と高田文夫に弄られた[8]
  • 出演していた番組の競馬企画では日本のJRAが世界に誇れる名立たるトップジョッキーを次々と倒し続けている。
  • 6歳の時に両親が離婚、父と祖父母と暮らしていた[9]。2013年11月19日「解決!ナイナイアンサー」に出演。6歳で離婚し行方が分からないという母親を探す旅に出たが、「2006年の吉村のブログに母親が登場している」とネット上で話題になった。これに関して吉村はブログで、「写真は2000年ごろに撮影したもの。2006年には会えていない」と釈明した。番組内の説明によると、6歳で両親が離婚し6年後、吉村は母親が営む喫茶店を訪れ、父親との復縁を懇願したが断られる。「一生分の涙が出た」という。それ以来母親に会いに行くのをやめたが、19歳の時に母親と再会した。育ての親であった祖母の死を伝えるためだった。「自分には生みの親と育ての親がいる。その一人が亡くなってしまった。ばあさんの死を、こんなに苦労した人が死んだってことを(母親にも)味わってほしかった」。これが2000年頃に母親に会っていた真相だった。結局、このロケでは母親の行方を掴むことができなかった。
  • NSC在籍当時、目指している芸人はと聞かれた時に「藤山寛美師匠」と答えたことがあった[10]

芸人になるきっかけ[編集]

  • 徳井はもともと料理人になろうと思っていたが、高校の時のクラスメートに「徳井君は料理人より芸人になったほうがいいよ」と言われ、それを真に受けて芸人を目指すことになった[9]
  • 吉村は高校の時にお笑いの番組を見て芸人を目指すことになった。初めは軽い気持ちだったが、上京する時に育ての親である祖母とケンカして「俺はばあちゃんが嫌いだから東京に行くんだ」と言ってしまい、その1ヶ月後に祖母が急死してしまったため、芸人を辞めることができなくなったという[9][11]

ネタ[編集]

  • コントと漫才の両方演じている。ネタ中に吉村がシャツを破る、飛び跳ねるなど大胆な行動に出ることがある。
  • 漫才では豪快なシチュエーションを吉村が実践しながらボケて徳井が振り回される事が多いが、徳井が徐々に吉村の行動を邪魔してボケとツッコミが入れ替わるパターンもある。

来歴[編集]

2000年、東京NSC5期生であった吉村と徳井によって結成。コンビ結成まで吉村は7回(「キャンディキャンディ」「チャームポイント」等)、徳井は4回(「トムソンガゼル」「ドラッガ」等)違うコンビを組んだがいずれも解散。徳井曰く、「ドラッガ」時代は消したい過去とのこと。また、吉村は遠山大輔(現・グランジ)を誘うが断られたことがあると語っている。

2005年お笑い登龍門によく出ていたハイキングウォーキングピースイシバシハザマとともにラ・ゴリスターズを結成。

2006年7月、ルミネtheよしもとで行われた単独ライブ「御コント」はチケット発売開始から5分で完売(約500席)。1じ3じ、7じ9じに出演したことのないコンビがルミネで単独を行ったのはルミネ史上初。

2007年3月に放送作家・福田雄一と元ジョビジョバリーダー・マギーによるコントユニット、U-1グランプリに出演。

2007年7月、新宿シアターアプルにて、単独ライブ「御コント」を行う。約700席のチケットを即完売。

2010年9月28日をもってAGE AGE LIVEを卒業した。

同年、 『(株)世界衝撃映像社』の「ホームステイin部族」ロケ企画にてブレイク。一般に広く認知される。

2012年8月26日放送『24時間テレビ』にて吉村が杉山裕之我が家)がワタナベエンターテインメント九州事業本部に人事異動が行われる事を本人に正式に公表する前に暴露した(本人曰く、生放送前に番組スタッフから情報を得ていたとの事)。放送後、他社の内部事情を正式発表前に暴露した事や「九州支社に飛ばされる」と左遷を連想する発言をした事が原因で自身のブログが炎上し、後日謝罪、改めて我が家のメンバー全員にも謝罪した。

コンビ名[編集]

結成当初のコンビ名は「コブシトザンギ」であった。「コブシ」は「を上げる」。「ザンギ」は北海道弁で「唐揚げ」という意味(厳密には多少異なる)。しかし画数を見たところ「凶」で、2004年にアシスタントとして出演していたヨシモトファンダンゴTVワイ!ワイ!ワイ!』中で視聴者公募により改名。だが、現在の「平成ノブシコブシ」は大凶である。それでも、本人たちは気に入っている。

「平成ノブシコブシ」の名付け親は同じ北海道出身のお笑いコンビタカアンドトシで、漫才師のような名前が良いだろうと言うことで命名した[5]

結成時のエピソード[編集]

二人とも北海道出身(徳井は自称)だが、出会いは地元ではなくNSC。NSC卒業後に、吉村が徳井に電話をかけてコンビに誘った。本人たちによると、NSC時代の余りもの同士で組んだとのこと[10]。当時徳井は、「NSCの同期の中で吉村が一番面白い」と思っており、その吉村からコンビ結成を電話で誘われた時には内心大喜びだったが、吉村にはあまり良く伝わっていなかった[9]

しかし6年間徳井は千葉県出身だということを隠し、相方の吉村にも黙っていた。同郷の同級生コンビでやりたかったという。また、徳井は2006年に結婚し、すぐに子どもが誕生したが、そのことをしばらく吉村に話していなかった[12]。また徳井は、今のコンビ結成中に親が離婚し、一時苗字が変わっていたがそのことも吉村には黙っていた[11]

2012年10月16日放送の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系列)内で40代芸人7人(いとうあさこ東貴博土田晃之飯尾和樹ずん)、出川哲朗ノッチデンジャラス)、X-GUN)に「今、面白いと思う芸人」というアンケートを取ったところ、1位に平成ノブシコブシがランクインした[13]

出演番組[編集]

テレビ番組[編集]

レギュラー番組

その他

ラジオ番組[編集]

CM[編集]

DVD[編集]

  • ペルソネル活動3、4(ゲスト出演)(2006年6月14日・2006年9月13日発売 アールアンドシー)
  • U-1グランプリ CASE 01『取調室』(2007年8月17日発売 ポニーキャニオン)
  • ハッピーな片想い(2008年4月23日発売 よしもとR&C)
  • ルミネ the よしもと〜業界イチの青田買い 2008夏〜(2008年7月23日発売 よしもとR&C)
  • 笑いの万博(2008年12月24日発売 よしもとR&C)
  • 戦え!!キャプテンボニータ( 2009年01月21日発売 よしもとR&C)
  • ダイナマイト関西2008 (2009年2月11日発売 よしもとR&C)
  • 鬼のワラ塾 赤・黒 (2009年10月7日発売 よしもとR&C)
  • ラ★ゴリスターズDVD'09(2010年2月14日発売 よしもとR&C)
  • 御コント~今宵の主役はどっちだ~(2010年10月20日発売 よしもとR&C)
  • 御コント~徳井健太が滅!~(2012年8月29日発売 よしもとR&C)

映画[編集]

PV[編集]

雑誌[編集]

  • お笑いポポロ 2008年2月号(Vol.22)、2008年5月号(Vol.23)、2008年8月号(Vol.24)、2008年11月号(Vol.25)、2009年2月号(Vol.26)、2009年5月号(Vol.27)、2009年8月号(Vol.28)
  • お笑いTVLIFE Vol.1、Vol.2
  • お笑いタイフーン! vol.10
  • Uchiran Vol.2
  • Kindai
  • Zipper 10月号
  • お笑い男子校

連載[編集]

  • Wink Up(ワニブックス)
  • Magalry(マガリー)「平成ノブシコブシの切腹トーク」(2013年4月5日- 毎週金曜日更新)

単独ライブ[編集]

  • 2005年2月 - 初単独ライブ『御コント』(渋谷シアターD)
  • 2005年8月15日 - 単独ライブ『御コント』(新宿シアターモリエール)
  • 2005年10月15日 - 漫才ライブ『ノブシコブシが150トン』(シアターブラッツ)
  • 2006年2月15日 - 単独ライブ『徳井vs吉村、売れないのはお前のせいだ!否、お前のせいだ!責任転嫁ライブ』(恵比寿エコー劇場)
  • 2006年4月2日 - 平成ノブシコブシトークライブ『春闘』(渋谷シアターD)
  • 2006年7月29日 - 単独ライブ『御コント』(ルミネtheよしもと
  • 2006年11月20日 - HNKラジオ第2(渋谷eggman)
  • 2007年1月22日 - HNKラジオ第2(渋谷eggman)
  • 2007年2月9日 - 単独ライブ『ノブシコブシvsNSC在学生』(恵比寿エコー劇場)
  • 2007年3月26日 - HNKラジオ第2(渋谷eggman)
  • 2007年7月30日 - 単独ライブ『御コント』(シアターアプル)
  • 2008年10月25日・26日 - 単独ライブ『御コント』(ルミネtheよしもと)
  • 2008年12月24日 - 単独ライブ『御コント』追加公演(草月ホール)
  • 2009年1月13日 - 平成ノブシコブシ大劇場(ラフォーレミュージアム)
  • 2010年7月21日 - 単独ライブ『御コント〜今宵の主役はどっちだ〜』(赤坂BLITZ)
  • 2011年8月7日 - 『平成ノブシコブシの310分漫才』(品川よしもとプリンスシアター)
  • 2012年5月13日 - 単独ライブ『御コント~徳井健太が滅!~』  (東京・大阪・札幌・京都)四都市での公演

脚注[編集]

  1. ^ a b 吉本興業による公式プロフィールより
  2. ^ “「破天荒を超えた存在」ノブコブ吉村が相方徳井を評価”. お笑いナタリー (ナタリー). (2013年7月2日). http://natalie.mu/owarai/news/94100 2014年6月30日閲覧。 
  3. ^ a b 土曜プレミアム|2011-02-12(土)放送 TVでた蔵”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2014年6月30日閲覧。
  4. ^ ノブコブ徳井、離婚危機明かす「やばいっすね…」”. ORICON STYLE (2013年8月17日). 2014年6月30日閲覧。
  5. ^ a b お笑いポポロ(麻布台出版社)2009年2月号 40-41ページ
  6. ^ 北海道新聞北見版2010年8月11日
  7. ^ ブログ「吉村崇のズッコンバッコン」 2006年10月9日、2007年6月21日付の記事より
  8. ^ 『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』2013年5月27日オープニングトーク
  9. ^ a b c d お笑いポポロ(麻布台出版社)2008年5月号 10-11ページ
  10. ^ a b 『お笑いタイフーン! vol.10』(エンターブレインムック)109ページ
  11. ^ a b 2012年8月8日放送『徹子の部屋』”. TVでた蔵 (2012年8月8日). 2014年6月30日閲覧。
  12. ^ 2013年5月19日放送『ウチくる!?』”. TVでた蔵 (2013年5月19日). 2014年6月30日閲覧。
  13. ^ 2012年10月16日放送『今夜くらべてみました』”. TVでた蔵 (2012年10月16日). 2014年6月30日閲覧。
  14. ^ サンケイスポーツ (2014年7月26日). “ノブコブ吉村、大河ドラマ“映り込み”成功!岡田准一に喜び報告”. 2014年7月26日閲覧。
  15. ^ No2235 ご報告 静かなごはん便り, 中島静佳オフィシャルブログ「静かなごはん便り」(2013年3月25日), 最終閲覧日:2013年3月26日

外部リンク[編集]