後藤久美子 (女優)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ごとう くみこ
後藤 久美子
本名 後藤 久美子
生年月日 1974年3月26日(35歳)
出生地 日本の旗 東京都杉並区
血液型 O型
職業 元女優
活動期間 1986年-
配偶者 ジャン・アレジ
主な作品
男はつらいよシリーズ』

後藤 久美子(ごとう くみこ、1974年3月26日 - )は、日本元女優。所属事務所オスカープロモーション。愛称はゴクミ

身長161cm。体重46kg 血液型はO型。

目次

[編集] 経歴

東京都杉並区出身。くまの幼稚園、区立大宮小学校、区立大宮中学校、多摩大学附属聖ヶ丘高等学校卒業。小学校5年生のときからモデルを始め、1986年NHKの『テレビの国のアリス』のヒロイン役で女優デビューする。以降、「国民的美少女」を謳い文句に、世に言う美少女ブームを巻き起こしたが、マスコミが騒ぐほどの人気はなかった。映画出演作に『男はつらいよ』(松竹)、『ラブストーリーを君に』、『ガラスの中の少女』、『シティーハンター』などがある。

1995年フランスF1レーサーのジャン・アレジと交際を始める。当時アレジには既に妻子があったが、その後前妻とは離婚が成立。現在もアレジとの婚姻手続きはとっておらず、「事実婚」の夫婦である。渡仏後は女性ファッション誌の表紙モデルなどを中心に活躍している。現在はスイスジュネーブ在住。3児の母。

クルマ好きでも知られ、かつてはクーペ・フィアットを自ら運転し、自身の20歳の誕生日には、150台のみ生産され現在は極めて希少価値が高いディーノ206GTを購入した。

愛称の「ゴクミ」は1987年新語・流行語大賞流行語部門で銅賞に選ばれる。ここから派生してエンクミ遠藤久美子)、ゴマキ後藤真希)などの愛称が作られた。うち「エンクミ」は自称でもあるが、「ゴマキ」は本人の意思に関係なくマスコミが自然発生的にそう呼び出した意味で、「ゴクミ」のそれに近い。ちなみに本人はそう呼ばれることを快く思っておらず、コアなファンの前でそう呼ぶことが「禁句」になっていた(これはゴマキの方も共通している)。ただ、後藤久美子自らがパーソナリティを努めるラジオ番組の冒頭で毎回、「ゴクミです」と挨拶してもいたので、少なくとも事務所の意向は「ゴクミ」を定着させたかったものとも考えられる。

日本共産党の会報誌に政党応援コメントを寄せたこともある(これは後藤の家族などに共産党関係者がいるということではなく、政党や宗教にこだわりなく、依頼があれば協力するという、所属するオスカープロモーションの方針によるもの)。

芸能界での友人は工藤静香など。

[編集] エピソード

[編集] 性格

サバサバした性格で、落ち着きがあり、少女時代からハッキリとモノを言うタイプである。クールな印象が先行する一方で意外に感受性が強く、映画の撮影中では感情移入して泣き出すことも少なくなかった。時折マスコミに対する発言で物議を醸すことも多かった。「ゴクミ語録。」という書籍も出版されている。本人曰く「協調性がない分、孤独でも順応性が高い」。中学生当時はその協調性のなさから共演者との軋轢や批判を生んだようだが、現在はそれが外国生活に活かされているとのこと。

[編集] モデル時代

芸歴は長く、前出のとおり小学校の頃からモデル活動を行っていた。同時期から活躍していたのは宮沢りえで、同学年ということもあって仲が良く、また良きライバル関係でもあった。りえとは11歳の頃、キットカットのCMで共演歴がある。

[編集] アレジとの交際

順調に芸歴を重ね、このままオスカープロの看板女優になると思われた矢先、妻子のあるアレジと交際が発覚した。以後は、グラビアやCMに出演する程度である。なお、アレジの出場するレースには必ず寄り添っており、隠し立てのないオープンな交際ぶりは注目を集めた。

その後、アレジとは実質的に結婚した。フランスで同居し、3人の子供を設けた。アレジのホームページでは、二人が仲良く寄り添う写真が公開されている。

[編集] 容姿

小麦色の肌と引き締まったスレンダーな体格を特長にしており、かつては「国民的美少女」と呼ばれていた。

子役から10代前半のブレーク時は少女体型で華奢であったが、「週刊プレイボーイ」ではセミヌードを披露。「たかの友梨ビューティクリニック」のCMで披露した小麦色の肢体は、若い女性の注目を集めた。「Tokyo美人物語~本当のキレイを探す旅~」での出演でも、引き締まった肢体を披露した。

[編集] 歌手活動

当時の人気アイドルとしては定石どおりであったが、レコードデビューも果たしている。中にはそこそこの売れ行きの曲もあったが、彼女自身が歌手活動にあまり意欲を示さなかったためか、程なく女優業に専念することになった。1987年4月の「ザ・ベストテン延長戦」でランキングに登場(10位以下ながら)した際に労働基準法(15歳未満の就労時間の問題)の関係で出演出来なかったことがある。

[編集] オスカープロの隆盛

所属事務所のオスカープロモーションは、彼女による美少女ブームを受けて、「第2の後藤久美子」を探せというコンセプトによるオーディション「全日本国民的美少女コンテスト」を1987年から開催した。したがって彼女自身はこのオーディション出身者ではない。このオーディションは今や「ホリプロタレントスカウトキャラバン」と並び称される一大オーディションとなり、オスカープロが世間に知られるきっかけとなった。彼女のネームバリューもあってか当初から数多くの逸材が集まり、オスカープロは今では米倉涼子上戸彩ら人気女優・タレントを数多く擁する一大芸能事務所に成長している。

[編集] その他

中学生の時に著したエッセイ集「ゴクミ語録」には、スポーツ万能で父親に似て力が強く、腕相撲では同級生の男子や母親にも負けないと記述され、当時の彼女の人となりを伺い知ることができる。

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

独眼竜政宗』(1987年) - 愛姫(少女期)
太平記』(1991年) - 北畠顕家

[編集] ラジオ番組

  • 後藤久美子 気まぐれファンタジア(1987年4月~10月、ニッポン放送
  • 後藤久美子 気まぐれスケッチ(同年10月~88年4月、同上)

[編集] 映画

[編集] CM

エッセンシャル キューティクル・ケアシャンプー&リンス』(1986年 - 1987年)
アジエンス』(2007年 - )
チップスター
オレオ
★ … ジャン・アレジと共演

[編集] ディスコグラフィー

一時期(約一年間)、アイドル歌手としても活躍していた。全て日本コロムビアより発売。

[編集] シングル

  • 1st teardrop (1987年3月18日)
Side A : teaerdrop
Side B : 若葉のイリュージョン
  • 2nd 初恋に気づいて (CDS)(1988年1月21日)
01. 初恋に気づいて
02. 北風の約束
「痛快!ロックンロール通り」の挿入歌に使われた曲。歌詞の内容は切ない初恋をテーマとしたもの。当時、後藤久美子の歌い方は棒読み調であったのであまり感情が感じられない印象を与えた。但し「クールな歌い方」と評する向きもある。
  • 2nd 初恋に気づいて (12インチ、MAXI)
01. 初恋に気づいて
02. 北風の約束
03. teardrop

[編集] アルバム

  • 初恋に気づいて (1988年2月21日)
01. 北風の約束
02. WIND BLOWS
03. 若葉のイリュージョン
04. 初恋に気づいて
05. ポプリ
06. teardrop
  • KUMIKO MEMORY BOX 1986-1988 (1988年12月1日)

[編集] 書籍

[編集] 写真集

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

他の言語