弦楽四重奏曲第11番 (ドヴォルザーク)

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弦楽四重奏曲 第11番 ハ長調チェコ語: Smyčcový kvintet C dur )》op. 61B. 121)は、ボヘミアの作曲家アントニーン・ドヴォルジャークが、1881年の10月末から11月初旬にかけて、ヘルメスベルガー四重奏団の依嘱に応じて完成させた弦楽四重奏曲である。

1881年10月に、新作のオペラ《ディミトリー》の草稿を終えた頃、ウィーンの新聞によって、ヘルメスベルガー四重奏団が同年12月にドヴォルジャークの新作の上演を企画中であるとの報道に接した。かくしてドヴォルジャークは歌劇の創作を中断せざるを得なくなり、弦楽四重奏曲の作曲に取り掛かった。当初はヘ長調の作品が作曲されたが、どうも作曲者自身が不満に感じたらしく、その後10月25日に、まったく新たにハ長調の作品を書き始めた[1]。初演は1881年12月15日リング劇場で行われる運びとなったが、リング劇場の建物が壊滅的な火災に見舞われたことから、予定は延期された。現在では、世界初演がいつ行われたのかは分からなくなっている[1]。ボヘミア初演は1884年1月5日に、フェルディナント・ラハナーやアロイス・ネルーダらの演奏で行われた。

楽曲構成[編集]

次の4つの楽章から成り、全曲を通して演奏するのに約38分を要する。溌溂としたスケルツォ(第3楽章)の2つの主題は、2年前に完成された《チェロとピアノのためのポロネーズ》(B. 94)に基づいている。全般的に、民族性やロマンティックな情緒を表出することよりも、古典的な構築性が追究されている。

  1. アレグロ
  2. ポコ・アダージョ・エ・モルト・カンタービレ
  3. アレグロ・ヴィーヴォ
  4. 「終楽章」。ヴィヴァーチェ

註釈[編集]

  1. ^ a b Score, p. V

参考文献[編集]

  • Antonín Dvořák: Quartetto Ut maggiore, Op. 61. (Pocket score.) Prague: SNKLHU, 1955

外部リンク[編集]