弥勒菩薩半跏思惟像

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中宮寺 木造菩薩半跏像(国宝

弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかし(ゆ)いぞう) は、仏像の一形式で、台座に腰掛けて左足を下げ、右足先を左大腿部にのせて足を組み(半跏)、折り曲げた右膝頭の上に右肘をつき、右手の指先を軽く右頰にふれて思索する(思惟)姿の弥勒菩薩像である[1]日本には大陸より6世紀から7世紀弥勒信仰の流入と共に伝えられ、飛鳥奈良時代の作品が多く残されている。

広隆寺の宝冠弥勒[編集]

広隆寺「宝冠弥勒」(国宝

中でも有名な京都府京都市太秦広隆寺霊宝殿に安置されている「宝冠弥勒」(国宝彫刻の部第一号)は、右手の薬指を頬にあてて物思いにふける姿で知られる。しかしこの像は、当時多くの仏像がで造られているのに対して赤松で造られているため、『日本書紀』記載の推古31年(623年)に新羅から伝来したものとする説が有力であった。ところが1968年、大きく抉られた内繰りの背板に楠材が使用され、背部の衣文もこれに彫刻されていることが判明し、断定できなくなっている。 この像の右の腰から下げられた綬帯(じゅたい)は、以前から楠木であることは知られていたが、これは後に付加したものとして考慮されていなかったが、二箇所の、特に背板に楠材が使用されていることは、楠が朝鮮半島南部に自生しているが、日本での使用例が多いため、日本で造像された可能性も出てきた。

なお、制作時は金箔を貼り付けた漆箔像であった。

ヤニが出にくい赤松が素材に使用されているため余分な清掃の必要がなく、清掃作業中の人的過失によって破損してしまうことがなかった。また赤松という2つの材質の含水率の違いから熱伝導率に差が生じ、外部の温度が上昇すると接着部に水蒸気の層が発生する。これがバリアの役目を果たすため、高温や急激な温度変化に強い特徴をもつ。これらの理由によって現代まで良好な状態のまま保たれたと考えられている。

弥勒菩薩の微笑みは「アルカイク・スマイル」として知られている。またその姿がオーギュスト・ロダン考える人を想起させることから、「東洋の詩人(フランス語: Poète de l'Est)」との愛称をもつ。偶然ではあるが、最後の審判の話がミトラ教の影響で生まれたことを考えると、ここに不可思議な因縁を感じることができる。

像高123.3cm(足元からの高さ、台座からは約147cm)

代表作例[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

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