康帝 (東晋)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
康帝 司馬岳
東晋
第4代皇帝
王朝 東晋
在位期間 342年 - 344年
姓・諱 司馬岳
世同
諡号 康皇帝
廟号 顕宗
生年 大興5年(322年
没年 建元2年9月26日
344年11月17日
明帝
明穆皇后
皇后 康献皇后
陵墓 崇平陵
年号 建元 : 343年 - 344年

康帝(こうてい)は、東晋の第4代皇帝

生涯[編集]

咸康8年(342年)、同母兄である成帝の死により、急遽皇位を継いだ。当時成帝には幼い子がいたが、外戚としての専権を失うことを恐れたにより、「国難の時期に幼帝はふさわしくない」との名目で、同母弟である司馬岳が皇位に就けられた。

短い治世のほとんどは後趙石虎との戦いに費やされた。なお、この戦いの中で、後代に実権を握る桓温が頭角を現している。

しかし、皇帝としての力量を発揮する間もなく、在位2年ほどで兄と同様に早世した。

宗室[編集]

[編集]