庄司永建

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しょうじ えいけん
庄司 永建
本名 庄司 永建
生年月日 1923年7月6日(88歳)
出生地 日本の旗, 山形県新庄市
民族 日本人
ジャンル 俳優
活動期間 1948年 - 現在

庄司 永建(しょうじ えいけん、本名:同じ、1923年7月6日 - )は、日本俳優山形県新庄市出身。上智大学文学部新聞学科卒。

目次

[編集] 来歴・人物

1948年(昭和23年)、民衆芸術劇場附属養成所を経て劇団民藝に入り、俳優デビュー。1970年(昭和45年)に民藝を退団してフリーとなる。現在の所属は希楽星

味わい深い脇役として映画にも数多く出演しており、1960年代日活を中心に社会派映画から青春映画まで、様々な作品で活躍。日活時代に共演した石原裕次郎の信任も厚く、石原プロモーション制作・テレビ朝日系列放送の刑事ドラマ西部警察』では捜査係長・二宮武士役でレギュラー出演。NACK5のラジオ番組鬼玉の月曜日のコーナー「大大門」のオープニングで「どうにかならないのかね、大大門くん」という台詞で出演中。

西部警察(テレビ朝日)で共演した舘ひろし御木裕とはあぶない刑事日本テレビ)でゲスト出演(第32話・迷路、役は誘拐された娘の父親)した際に再び共演している。劇中、路線バスで身代金を持って座席に座っているシーンではカメラから手前の座席に舘ひろし、一つ空けて奥の座席に庄司が座っている。

近年は俳優業以外にも山形の民話の語り部として、故郷で毎年民話を伝承している。TBS系列で放送中の生活情報番組はなまるマーケット』でリポーターをしているフリーアナウンサーの庄司麻由里は娘。

2007年(平成19年)2月に長年連れ添った愛妻を胃癌で亡くした。

[編集] 主な出演

[編集] 映画

  • 足摺岬(1954年、北星)
  • ここに泉あり(1955年、松竹
  • 裸女と拳銃(1957年、日活
  • 夜の配役(1959年、松竹)
  • その壁を砕け(1959年、日活)
  • あした晴れるか(1960年、日活)
  • あいつと私(1961年、日活)
  • 太陽と星(1962年、日活)
  • アカシアの雨がやむとき(1963年、日活)
  • 交換日記(1963年、日活)
  • 姿なき拳銃魔(1964年、日活)
  • 帝銀事件 死刑囚(1964年、日活)
  • おんなの渦と淵と流れ(1964年、日活)
  • この声なき叫び(1965年、松竹)
  • 日本列島(1965年、日活)
  • 太陽が大好き(1966年、日活)
  • あの試走車を狙え(1967年、大映
  • 黒部の太陽(1968年、日活)
  • 沖縄(1970年、製作上映委員会)
  • つり人の詩(1978年、TCJ)
  • 小説吉田学校(1983年、東宝
  • ギャッツビー ぼくらはこの夏ネクタイをする! (1990年、JHV
  • ミンボーの女(1992年、東宝)
  • ekiden 駅伝(2000年、東映
  • 七人の弔(2005年、オフィス北野=東京テアトル)

[編集] テレビドラマ

[編集] 吹き替え

[編集] その他のテレビ番組

[編集] 著書

  • おおいそぎの春  フレーベル館 1971年
  • 明治戊辰かく戦えり 風濤社 1988年

[編集] 外部リンク

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