広電西広島駅

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広電西広島駅
駅構内(2008年10月撮影)
駅構内(2008年10月撮影)
ひろでんにしひろしま
- Hiroden-nishi-hiroshima -
所在地 広島市西区己斐本町一丁目
所属事業者 広島電鉄
駅構造 地上駅
ホーム 2面7線
乗車人員
-統計年度-
13,488人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1912年大正2年)12月8日
乗入路線 2 路線
所属路線 本線(市内線)
駅番号 M19
キロ程 5.4km(広島駅起点)
(0.7km) M18福島町
所属路線 宮島線
キロ程 0.0km(当駅起点)
(1.0km) M20東高須

広電西広島駅(ひろでんにしひろしまえき)は、広島市西区己斐本町一丁目にある、広島電鉄である。

概要[編集]

市内線である本線の終点(一番西)の停留場かつ宮島線の起点の駅である。

かつては市内線の停留場は己斐電停(こいでんてい)と称し、宮島線の駅(広電西広島駅)とは隣接する別の駅とされていたが、1962年昭和37年)から市内線と宮島線との直通運転が始まり、1991年平成3年)8月8日からはほぼすべての電車が直通運転するようになった。そして2001年(平成13年)1月中旬から同年7月末まで、宮島線の広電西広島駅に市内線の己斐電停を統合する駅舎の工事が行われ、同年11月1日に統合された[1]。このような経緯があることから、当駅について「広電西広島(己斐)駅」との表現を用いていることもある[1]

構造[編集]

4面6線の島式ホームを有する[1]。1番線に宮島線方面の、4・5・7番線に市内線方面の車止めがあり、行き止まり構造となっている[1]。なお、4・5番線は同じ線路の両側にホームがある構造となっている[1]。前述のような経緯から宮島線が本線のやや北寄りにずれた位置に線路が配置されていたため、1番線と7番線以外は構内でS字カーブする構造となっている。

運行系統
1 Hiroden Line 2.png 広電宮島口行き[1]JA広島病院前行き・広電廿日市行き 平日朝ラッシュ時の折り返しのみ
2 Hiroden Line 2.png 広島駅行き[1]
3 Hiroden Line 2.png 広電宮島口行き[1] 通常はこのホーム
4 HirodenLine0.GIF 広電前行き・日赤病院前行き
HirodenLine3.png 宇品二丁目行き 朝ラッシュ時は広島港(宇品)行き
5 HirodenLine3.png (降車専用)[1]
6 HirodenLine0.GIF 広電前行き 平日朝ラッシュ時のみ[1]
Hiroden Line 2.png 広電宮島口行き・JA広島病院前行き・広電廿日市行き 平日朝夕ラッシュ時の折り返しのみ
7 HirodenLine0.GIF (臨時ホーム) 通常は使用せず[1]※クリスマス電車が使用する場合がある[2]
  • 広島電鉄は朝夕ラッシュ時を中心に駅員が数名配置され[1]、可搬式カードリーダーを用いた運賃収受、両替、PASPYの発売、安全管理や案内等を行う。駅員配置は概ね以下の通り。
    • 直通電車上り…7時 - 11時半、15時半 - 19時半(平日の午前9時半までに2番のりばに到着する電車はホーム出口の臨時改札で運賃を支払う)
    • 直通電車下り…17時 - 21時
    • 3号線(折り返し)…16時半 - 21時
  • 早朝、昼間の閑散時、夜間は無人となる。
  • 構内踏切には一部を除いて遮断機が無い。駅員配置時間帯には駅員が両手を広げて通行を遮断する。
  • 当駅の東高須寄りには構内踏切があり、その先には鉄軌分界点がある。
  • 2番線から広電宮島口方面へ出発、広電宮島口方面から3番線へ到着できる信号があるが、回送・臨時を除い運用がない。
改装前の改札の様子

2001年10月以前は鉄道線側に4面のホームがあり、以下の通り運用されていた[3]

運行系統(2001年10月以前)
1 広電廿日市・JA広島病院前・広電宮島方面 頭端ホーム・当駅折り返し
2 広島駅・広電前・宇品二丁目方面降車ホーム
3 広電廿日市・JA広島病院前・広電宮島方面 頭端ホーム・当駅折り返し
4 広電廿日市・JA広島病院前・広電宮島方面 市内線からの直通がメイン
  • 1番線から東高須側に電留線があった。
  • 宮島線⇒市内線の電車は西広島で降車を扱った後に己斐で乗車を扱った。市内線⇒宮島線は逆だった。
  • 運賃は、西広島駅は駅改札での支払いだったが、己斐電停では車内清算が基本であった。
  • 2番線からの宮島方面への発車と宮島方面から4番線への到着は可能だったが、市内方面から2番線への到着と4番線からの市内方面への発車はできなかった。
  • 現在の6番線・7番線にあたる線路にはホームは無く、市内線電車の待機線として使用されていた。
運行系統(1989年8月以前)[要出典]
1 広電五日市・広電廿日市・広電宮島方面 頭端ホーム・当駅折り返し(高床電車専用)
2 広電五日市・広電廿日市・広電宮島方面 頭端ホーム・当駅折り返し(高床電車専用)
3 広電五日市・広電廿日市・広電宮島方面 頭端ホーム・当駅折り返し(低床電車専用)
4 広電廿日市・広電宮島方面乗車ホーム 鉄軌道直通便が使用
広島駅・広電前・宇品2丁目方面降車ホーム

己斐電停[編集]

(旧)己斐電停のホーム

2001年10月以前の己斐電停は相対式2面2線のホームが設けられており、下り側は市内線(本線)からの降車専用、上り側は市内線(本線)への乗車専用となっていた。

このホームは駅統合後も現存しているが、ホーム前面に柵が設置されており、乗降は出来なくなっている。現在はマダムジョイの駐輪スペースとして使用されている。

利用状況[編集]

年度 1日平均
乗車人員
2004年 13,822人
2005年 13,326人
2006年 13,430人
2007年 13,512人
2008年 13,488人

駅周辺[編集]

ひろでん会館(2008年7月)

西日本旅客鉄道(JR西日本)西広島駅の南方、山陽本線宮島街道(旧国道2号)に挟まれた場所に位置する。駅周辺は西区の中心地区にあたり、西区役所も駅近くにある。

旧己斐電停部分の上は広島電鉄の所有する「ひろでん会館」になっており、当駅の駅ビル的な位置づけとなっている。マダムジョイ己斐店が入居する。

本線(市内線)は新己斐橋(太田川放水路)を超えるとほぼ直角に左カーブして駅に進入する。毎年1月の全国都道府県対抗男子駅伝競走大会の最終区(第7区)ではランナーが軌道を横断して走行するため、電車が広電西広島駅または新己斐橋でランナーを待避する姿が見られる。

歴史[編集]

1945年米軍作成の広島市地図。一部1930年代の情報で書かれており"Koimachi Station"表記で確認できる。
1945年米軍作成の広島市地図。一部1930年代の情報で書かれており"Koimachi Station"表記で確認できる。
1988年。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
  • 1912年大正元年)12月8日 市内線の己斐電停が開業。
  • 1922年(大正11年)8月22日 宮島線の己斐町駅が開業。
  • 1931年昭和6年)8月22日 宮島線の己斐町駅が西広島駅に改称。
  • 1964年(昭和39年)5月 自動券売機を設置。
  • 1964年(昭和39年)6月10日 己斐電停の前にひろでん会館が開業。
  • 1964年(昭和39年)9月30日 信号所が完成。
  • 1969年(昭和44年)10月1日 宮島線の西広島駅が広電西広島駅に改称。
  • 1989年(平成元年)7月8日 ダイヤ改正で広島駅前~己斐の2号線を担当していた己斐営業所が宮島線(直通電車を含む)を担当していた西広島営業所に吸収合併される。
  • 2001年平成13年)11月1日 市内線の己斐電停を広電西広島駅に統合、駅舎改築。改札口と自動券売機は、この時に撤去された。

書籍との関連[編集]

  • 那須正幹作の「ズッコケ三人組」シリーズ(ポプラ社刊)では、主人公達が住む花山町の市電花山駅のモデルとなっている(但し宮島線が無いなど若干実際と異なる)。これは、那須本人も様々な書物で語っている。また駅ビルであるひろでん会館は花山デパートととして作中に登場しており、駅構内にもそれを示す看板がある。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l 河野俊輔「広島電鉄の西広島駅改装とダイヤ改正」、『RAIL FAN』第49巻第2号、鉄道友の会、2002年2月1日、 10-13頁。
  2. ^ 広島の路面電車写真 ~イベント車両~
  3. ^ 路面電車を考える会例会 講演録16 広島電鉄はこう変わる 2001年10月21日

関連項目[編集]