広河隆一
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| 広河 隆一 | |
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| 生誕 | 1943年9月5日 中国 天津市 |
広河 隆一(ひろかわ りゅういち、1943年9月5日-) は、日本のジャーナリスト。イスラエル、パレスチナの双方に多くの個人と知己を持ち、パレスチナ問題を取材し続けている。
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[編集] 経歴
中国・天津市で出生。
大阪府立生野高等学校、早稲田大学教育学部卒業後、イスラエルへ渡航。現地のキブツに滞在し、そこでヘブライ語も学習、また後に妻となるユダヤ人のルティ・ジョスコビッツ(広河ルティ)[1]と出会う。 イスラエル渡航当初の広河は共産主義に対して親和的な政治的態度をとり、「共産主義的な」キブツに対してアタッチメントを有していたが、その後イスラエルによるパレスチナ人に対する過酷な人権侵害を知るようになり、親パレスチナ的な態度をとるようになった。広河はイスラエルにおいて「マツペン」という反シオニスト的な政治団体で活動を行っていた。
日本帰国後にフォトジャーナリストや作家として活動。立教大学において非常勤講師を勤める。講談社「月刊誌DAYS JAPAN」に、イスラエルのビジネスマン・アイゼンバーグに関する記事や、ダイヤモンド取引の裏側の取材、チェルノブイリの現状、731部隊などに関する報道、ルポ写真などを掲載。再創刊した月刊写真誌「デイズ・ジャパン」発行・編集長、「チェルノブイリ子ども基金」代表、パレスチナの子供の里親運動顧問、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)世話人代表。全国各地で講演を行う。
[編集] 受賞歴
- 第一次レバノン戦争とそれに伴う西ベイルートのサブラー・シャーティーラー虐殺事件に関する報道で、1982年よみうり写真大賞、1983年IOJ国際報道写真大賞を受賞。
- チェルノブイリ原発事故についての取材で1989年講談社出版文化賞、1993年産経児童出版文化賞を受賞。
- パレスチナ問題、チェルノブイリ原発事故問題の報道活動に対して、2003年土門拳賞を授与された。
[編集] 著書・編著
- 『ユダヤ国家とアラブゲリラ』 草思社、1971年
- 『パレスチナ幻の国境』 草思社、1976年
- (パレスチナ・ユダヤ人問題研究会と共編)『ユダヤ人〈1〉ユダヤ人とは何か』『ユダヤ人〈2〉ダイヤモンドと死の商人』 三友社出版、1985年
- 『破断層』 講談社、1987年。 - レバノンのパレスチナ人を題材とした小説
- 『核の大地』 講談社、1990年。
- 『パレスチナ/瓦礫の中のこどもたち』 徳間書店、1991年。
- 『ニーナ先生と子どもたち』 小学館、1992年。
- 『中東共存への道』 岩波書店、1994年。
- 『チェルノブイリと地球』 講談社、1996年。
- 『ナターシャ チェルノブイリの歌姫』 岩崎書店、2001年。 - ナターシャ・グジーについての取材本
- 『パレスチナ 新版』 岩波新書、2002年。
- 『暴走する原発』 小学館、2011年。
ほか多数
[編集] 共著
- 『ダイヤモンドと死の商人』 三友社出版、1988年。
- 『子どもに伝えるイラク戦争』 小学館、2004年。 - 石井竜也との共著
[編集] 映画作品
- 『パレスチナ1948・NAKBA』2008年3月22日公開 (監督・撮影・写真)
[編集] 脚注
- ^ 元妻ルティ・ジョスコビッツ(広河ルティ)はイスラエル生まれのポーランド=フランス系ユダヤ人で、和光大学講師。ルティとの間に生まれた娘のタミイ J. 広河(広河 J 民)は画家でパーカッション奏者。