幸せの黄色いリボン

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幸せの黄色いリボン
ドーンシングル
リリース 1973年
ジャンル ポップス
レーベル Bell
作詞・作曲 L・ラッセル・ブラウンアーウィン・レヴィン
プロデュース ハンク・メドレスデイヴ・アッペル
チャート最高順位
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幸せの黄色いリボン」(しあわせのきいろいリボン、原題:Tie A Yellow Ribbon Round The Ole Oak Tree)は、アメリカポップスグループドーン(Dawn featuring Tony Orlando)が1973年リリースしたシングル作詞アーウィン・レヴィン(Irwin Levine)。作曲L・ラッセル・ブラウン(L. Russell Brown)。

解説[編集]

ビルボード(Billboard)誌では、1973年4月21日に、週間ランキング第1位を獲得。ビルボード誌1973年年間ランキングでも第1位。

ドーン(トニー・オーランド&ドーン)が「幸せの黄色いリボン」を発売する前まで、ドーンのシングルは6曲連続でビルボードHOT100の20位以内に入れないでいた。そのため、ドーンのメンバーだったトニー・オーランドテルマ・ポプキンスジョイス・ヴィンセント・ウィルソンは、グループ解散を考えていた。プロデューサーハンク・メドレスデイヴ・アッペルから新曲「幸せの黄色いリボン」を聞かされたときも、最初トニーはレコーディングする気がなかった。トニーは、他のミュージシャンジェームズ(ジミー)・ダーレン(James Darren)やボビー・ヴィントンに、「幸せの黄色いリボン」を歌うことを勧めたが、みんなから断られた。結局、ドーンが歌うことになった。

トニーは、この曲を歌うとき、「ミュージシャンのボビー・ダーリン(Bobby Darin)だったらどう歌うのか」と考えて、歌っていた。

ビルボード誌の集計では、「トニー・オーランド&ドーン」時代を含めて、ドーン最大のヒット曲となった。

歌詞には元ネタがある。口頭伝承により内容に違いがあるが、概ね以下のような話である。刑務所を出所した男が故郷に帰ろうとしていた。男は出所前に手紙を出し「もし、自分の帰りが望まれるなら、木の幹に白いリボンを結んでおいてほしい」と頼んでいた。男は汽車に乗って故郷の近くまで来るが、勇気がなくて、車中で知り合った男に木を見てもらう。木の幹にはたくさんのリボンが結ばれていた。

ジャーナリストで小説家のピート・ハミルは、この曲の歌詞は、上記の伝承を元に自分が1971年に執筆したコラム「Going Home」に基づいたものだとして提訴した。ハミルのコラムは、出所して妻の元へ帰る男がバスの中からオークの木に結ばれた黄色いハンカチを見るというもので、1972年にはテレビドラマになっている。被告側の調査で、ハミル以前にもこの伝承をまとめた文献があることが示され、訴訟は取り下げられた。

参考文献[編集]

関連項目[編集]