平 (いわき市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
平市
廃止日 1966年10月1日
廃止理由 新設合併
平市勿来市磐城市常磐市内郷市四倉町遠野町小川町好間村三和村田人村川前村久之浜町大久村
いわき市
現在の自治体 いわき市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 福島県
面積 109.88km².
総人口 70,921
(1965年10月1日、国勢調査)
隣接自治体 内郷市常磐市磐城市四倉町小川町好間村三和村
平市役所
所在地 福島県平市字堂根町1-4
外部リンク いわき市役所
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
いわき駅南口から見た平市街(2010年)

福島県いわき市(たいら)とは、現在のいわき市の中北部で、夏井川流域に位置する旧城下町である。1966年10月の大規模合併前には、平市(たいらし)というであった。旧磐前郡1896年より石城郡)。

戦国時代までは飯野平(いいのだいら)、江戸時代には磐城平(いわきたいら)と呼ばれていたが、1889年4月に町制を敷いた際には、略して「平」と呼称された。

このページでは、合併前の平市の内容と、合併後のいわき市平地区の両方を併載する。

目次

[編集] 概要

福島県浜通りの南部に位置する旧城下町である。平安時代末期から戦国時代までは岩城氏の本拠地として、江戸時代には磐城平藩の城下町として盛えた。

現在ではいわき市の政治・経済の中心、延いては浜通り地方の中心としての役割を担っている。

浜通りから茨城県宮城県中通りの三方を結ぶ交通拠点であるが、明治以降は常磐線など茨城県からの交通網が早く整備されたため、南の茨城県北部との繋がりも深い。

[編集] 地理

太平洋に面していることもあり、気候は年間通して温暖で、でもは少ない。

[編集] 地名の由来

「平」の由来には諸説がある。

一つは、岩城則道が本拠地を構えた時に、妻の徳姫(藤原清衡の娘)がかつて居住していた平泉に因んで、中心部を「平」と称して、郊外を「白水」と称したという説である。

もう一つは、阿武隈高地太平洋に挟まれた地域の中でも、平坦な地形が比較的広かった点に由来する説である。

旧国名陸奥国を頭に付ける際には、「陸奥磐城平」「奥州磐城平」というように、江戸時代の名称であった「磐城平」で呼称されることが多い。尚、「いわ」の字が「岩」から「磐」に変更された時期は、鳥居忠政が入府した時である[1]。又、戦国時代までは、岩城氏が飯野八幡宮の近くに城を構えた事から、「飯野平」と呼ばれていた。

[編集] 歴史

幕末まで
明治維新以後

[編集] 行政

警察署
いわき市の機関
福島県の機関
  • 福島県いわき総合庁舎
行政区エリア
  • 愛谷町・一町目・塩・下の町・下荒川・下高久・下山口・下神谷・下川原・下大越・下平窪・下片寄・釜ノ内・鎌田・鎌田町・吉野谷・吉野谷南作・久保町・旧城跡・橋下・郷ケ丘・九品寺町・鯨岡・月見町・権現塚・研町・絹谷原高野・古鍛冶町・胡摩沢・五色町・五町目・紅葉町・荒田目・高月・紺屋町・才槌小路・材木町・作町・桜町・三倉・三町目・山崎・四ツ波・四軒町・四町目・自由ケ丘・七軒町・手掴・十五町目・小泉・小太郎町・沼ノ内・上荒川・上高久・上山口・上神谷・上川原・上大越・上平窪・上片寄・城東・新川町・新町・新田前・神谷作・水品・杉平・菅波・正月町・正内町・石森・赤井・泉崎・倉前・大館・大工町・大室・大町・鷹匠町・谷川瀬・鍛冶町・中塩・中央・中山・中神谷・中町・中平窪・仲間町・長橋町・佃町・鶴ケ井・堤ノ内・田町・東町・藤間・堂ノ前・堂根町・童子町・道匠小路・南町・南白土・二町目・尼子町・祢宜町・馬目・梅香町・梅本・白銀町・薄磯・八幡小路・番匠町・菱川・平成・豊間・北神谷・北白土・北目町・幕ノ内・明治団地・薬王寺台・柳町・揚土・六間門・六人町・六町目

[編集] 経済

浜通りの商業の中心地となっており、市街地向き大型店鋪映画館も集中している。商圏は北茨城市から富岡町までに及ぶ。また、城下町から発達したためか、行政都市や商業都市という色が濃い。最近では郊外化に悩まされており、平市街地の落ち込みが激しい。2001年には、平中町にあった百貨店大黒屋が経営破綻するなど、厳しい環境にある。2007年にはいわき駅ビル「ヤン・ヤン」が閉店し、ペデストリアンデッキとバスロータリーとなり、2007年10月25日駅前再開発ビルラトブがオープンし風景、人の流れが一変している。

[編集] 主要学校

高等専門学校
私立大学
高等学校


[編集] 交通

[編集] 鉄道

[編集] 道路

十五町目交差点
(※ 事実上の道路元標は内郷御台境交差点で、ここは国道6号本線と国道49号旧道の交差点。)
最寄りの高速道路
国道

[編集] 観光地

[編集] 娯楽施設

[編集] 文化施設

[編集] 駅前再開発ビル

[編集] 脚註

  1. ^ 龍ヶ城美術館の館員の話による。鳥居忠政は岡崎出身で、同郷の徳川家康の側近。岩城一族は関ヶ原で徳川軍に与しなかったため、「岩城」の字を使うことを嫌った。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス