平範家

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平範家
時代 平安時代後期
生誕 永久2年(1114年
死没 応保元年9月7日1161年9月27日
官位 従三位非参議
主君 後白河天皇
氏族 桓武平氏高棟
父母 父:平実親、母:藤原為隆三女
藤原清隆次女
親範行範棟範藤原能業室、
吉田経房室、藤原脩範
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平 範家(たいら の のりいえ)は、平安時代後期の公卿桓武平氏高棟流、従三位平実親の嫡男[1]官位は従三位・非参議

経歴[編集]

保元2(1157年)10月27日、従三位・非参議に叙される。

保元4年(1159年)に出家し、伏見護法寺を創建するが、応保元年(1161年)薨去。享年47。

系譜[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『系図綜覧平氏系図』では、有親の子、実親の孫とする。