平端駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
平端駅
平端駅舎(2007年5月18日撮影)
平端駅舎(2007年5月18日撮影)
ひらはた - HIRAHATA
所在地 奈良県大和郡山市昭和町51
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
電報略号 ヒラ
駅構造 地上駅
ホーム 計4面6線
乗降人員
-統計年度-
4,184人/日
-2012年-
開業年月日 1922年大正11年)4月1日
乗入路線 *2 路線
所属路線 橿原線
キロ程 9.9km(大和西大寺起点)
筒井 (1.5km)
所属路線 天理線
キロ程 0.0km(平端起点)
(**筒井) (-km)
(1.3km) 二階堂
備考 * この他法隆寺線1952年廃止)
** 橿原線と直通運転実施
手前2面4線が橿原線、左寄りで列車が行き交っているのが天理線のホーム

平端駅(ひらはたえき)は、奈良県大和郡山市昭和町にある、近畿日本鉄道(近鉄)の。開業当時、当駅が所在した平群郡平端村が駅名の由来である。「平端」は平群郡の「端(はし)」を意味する地名であるといわれている。

利用可能な鉄道路線[編集]

  • 近畿日本鉄道(近鉄)
    • 橿原線
    • 天理線 ※始発駅(但し橿原線大和西大寺方面と直通あり)

駅構造[編集]

地上駅で、2面4線の島式の橿原線のホーム(3 - 6番のりば)と、2面2線の相対式の天理線のホーム(1・2番のりば)があり、線路は駅北方で合流している。駅舎は駅西側にあり各ホームとは地下道で連絡している。地下道から各ホームおよび駅舎(改札口)へはエスカレータが設置されている。

のりば[編集]

1 天理線 天理行き(橿原線からの直通と一部の当駅折返し列車)
2 橿原線(上り) 郡山大和西大寺京都方面(天理始発列車)
天理線 天理行き(当駅折返し列車のみ)
3・4 橿原線(下り) 大和八木橿原神宮前吉野方面
5・6 橿原線(上り) 郡山・大和西大寺・奈良・京都・大阪難波尼崎神戸三宮方面(大和八木からの列車)

天理線内折返し列車は、平日の昼間時に限り1番のりば、それ以外の時間帯と土休日全時間帯は2番のりばで折り返す(ただし、天理教の祭典など、臨時列車が運転される際にはこの限りでない)。また、2番のりば以外の階段が狭いので天理線と橿原線相互の乗換には時間がかかる場合があり、連絡時分は僅少なことが多いので注意が必要である(橿原線からの乗り換えの場合、天理行き列車発車のりばが電光表示板で表示される)。

橿原線ホームは内側2線(4番線と5番線)を主本線、外側2線(3番線と6番線)と待避線としている。なお、3番のりばからは大和西大寺方面への出発も可能である。

なおトイレは駅舎内のみに1箇所設けてある。また自動改札機は東芝製が設置されており、赤い自動改札機(EG-2000)は出場時2枚一括処理、PiTaPaICOCAに対応する。

奈良方面や大阪難波・尼崎・神戸三宮方面は直通列車がなく大和西大寺駅で乗り換えとなる(天理教の祭典が行われる時に運行される大阪難波行き急行を除く)。また、吉野方面は軌間が異なるため直通できず、途中の橿原神宮前駅で乗り換えとなる。

配線図[編集]

平端駅構内配線図
二階堂駅

筒井駅
平端駅構内配線図
ファミリー公園前駅
凡例
出典:川島令三、『全国鉄道事情大研究 - 大阪都心部・奈良篇』
ISBN 978-479420498-1、166p、草思社、1993年

※ 左方向が北



特徴[編集]

  • 橿原線内唯一の待避可能駅であり、橿原線普通と橿原線急行や天理線直通急行との接続、橿原線普通と特急の待避が見られる。
  • 一部の天理線列車は橿原線大和西大寺、京都線京都まで乗り入れる。
  • 毎月26日を初めとする天理教の祭事日には臨時列車が多数運転され、天理から大阪難波行き急行や名古屋行きの特急など普段は見られない車両や行き先が登場する。
  • 構内配線の関係上、橿原線大和八木駅方面 - 天理線を直通する列車は一旦大和西大寺方へ引き上げ、本線上での入替作業が行われる(運行によるスイッチバック、2012年現在、定期列車での運行はない)。
  • 名古屋発天理行き臨時特急の場合、大和八木方面から5番線に入線し、上り線を筒井方へ進んで踏切を越えて停車。スイッチバックして4番線に入線。再びスイッチバックして、今度は下り線を筒井方へ進んで踏切を越えて停車。三たびスイッチバックして、1番線天理線ホームに入線して天理へ向かう。時には天理線上りホームである2番線を天理方へと通過させる場合もある。
  • 定期券の予約発売を受け付けている。受付時間は7時 - 20時である。インターネット予約した定期券の受取も可能。

利用状況[編集]

  • 急行停車駅だが、1日の乗降人員は5,000人にも満たず、昼時間帯は閑散としている。この駅で電車から下りる殆どの人は、橿原線と天理線との乗り換えのためである。ただ、西名阪自動車道沿いに昭和工業団地があり、特に朝ラッシュ時間帯は直接徒歩で各工場へ向かう人や、駅前に数社の送迎バスが来るため、降りる人が多い。
  • 2012年11月13日の調査結果によると、1日の乗降人員は4,184人。
  • 2010年11月9日の調査結果によると、1日の乗降人員は4,065人[1]。この数字は…
    • 近鉄の全調査対象駅(287駅)中、134位。
    • 橿原線の駅(16駅、他線接続駅含む)の中では、12位。
    • 奈良県内の近鉄の駅(93駅)の中では、39位。
  • 2008年11月18日の調査では1日の乗降人員は4,325人、2005年11月8日の調査では4,644人。

駅周辺[編集]

バス[編集]

駅前のこじんまりとしたロータリに、奈良交通が乗り入れていたが、2009年2月末日限りで廃止された。 行先は近鉄高田駅行きと法隆寺駅行き(法隆寺駅行きは天理線の前身である天理軽便鉄道廃止区間の代替バス)であった。他に、奈良健康ランドの無料送迎バスが発着している。 なお、2012年4月23日より、安堵町コミュニティバスが乗り入れられている[2]

歴史[編集]

  • 1922年大正11年)4月1日 - 大阪電気軌道(以下、大軌と略す)畝傍線(現在の橿原線)が郡山駅から当駅まで延伸した際に開業。同時に天理線(旧・天理軽便鉄道)を標準軌に改軌・電化し、畝傍線平端駅に接続。畝傍線西方の同じく旧・天理軽便鉄道の法隆寺線上にも平端駅を開設。
  • 1923年(大正12年)3月21日 - 大軌畝傍線が橿原神宮前駅(初代)まで延伸。
  • 1939年(昭和4年)7月 - 畝傍線が橿原線に改称。
  • 1940年昭和15年)1月 - 橿原線の駅に待避線設置。
  • 1941年(昭和16年)3月15日 - 大軌が参宮急行電鉄と合併、新発足した関西急行鉄道の駅となる。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 会社合併により近畿日本鉄道の駅となる。
  • 1945年(昭和20年)2月11日 - 法隆寺線が休止となる。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 休止中の法隆寺線が廃止となる。
  • 1973年(昭和48年)9月20日 - 天理線ホーム設置、橿原線下りホーム移設(建築限界拡大工事の一環によるもの)。
  • 1988年(昭和63年)6月27日 - 天理線の平端 - 二階堂駅間が複線化。
  • 1990年 - 乗換通路を地下化し、構内踏切廃止。橿原線上りホーム移設。
  • 2007年平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
橿原線
急行
近鉄郡山駅 - 平端駅 - 田原本駅
臨時急行「やまと花ごよみ号」
近鉄郡山駅 → 平端駅西田原本駅
普通
筒井駅 - 平端駅 - ファミリー公園前駅
天理線
急行(天理線内各駅停車)
(近鉄郡山駅 -) 平端駅 - 二階堂駅
普通
(筒井駅 -) 平端駅 - 二階堂駅

かつて存在した路線[編集]

近畿日本鉄道
法隆寺線
額田部駅 - 平端駅

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 近畿日本鉄道 駅別乗降人員
  2. ^ 安堵町コミュニティバスが運行を開始しますより

外部リンク[編集]