平林寺

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平林寺

山門
所在地 埼玉県新座市野火止 3丁目 1番 1号[1]
位置 北緯35度47分23.44秒 東経139度33分36.74秒 / 北緯35.7898444度 東経139.5602056度 / 35.7898444; 139.5602056
山号 金鳳山[2]
宗旨 臨済宗[3]
宗派 臨済宗妙心寺派
寺格 別格本山
本尊 釈迦如来[2]
創建年 永和元年(1375年[4]
開山 石室善玖[2]
開基 大田備州沙弥蘊沢[4]
中興年 天正20年(1592年[4]
中興 鉄山宗鈍[4][注釈 1]
文化財 総門・山門・仏殿・中門・松平信綱墓(県文化財)
境内林(国の天然記念物)
法人番号 4030005006795 ウィキデータを編集
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仏殿
鐘楼
埼玉県新座市「平林寺」の寺紋。

平林寺(へいりんじ)は、埼玉県新座市野火止にある臨済宗妙心寺派の寺院で、野火止台地に、約13万坪の境内地を有する[6]

山号は「金鳳山」である。この山号は、開山である石室善玖(永仁2年(1294年) - 元中6年/嘉慶3年/康応元年(1389年))がで修行した金陵(現在の南京)の鳳台山保寧寺から「金」と「鳳」をとったといわれる。[7]境内林は、武蔵野の面影を残す雑木林として、1968年昭和43年)に国の天然記念物に指定されている。

歴史[編集]

南北朝時代1375年永和元年)、武蔵国騎西郡渋江郷金重村[6]、現在のさいたま市岩槻区平林寺に創建[8]。開山は石室善玖(せきしつぜんきゅう)、開基は大田備州沙弥・蘊沢(うんたく)[4]。当初は臨済宗建長寺派。大徳寺派を経て妙心寺派の寺院となった。なお、蘊沢は、岩槻城主・太田道真道灌の父)と同一視されることがあるが、道真は平林寺創建の時点ではまだ生まれていない。

1663年寛文3年) 川越藩主・松平信綱の遺志をうけて、子の輝綱菩提寺として野火止に移転。

1718年享保3年)、高玄岱が戴渓堂を建立し、独立性易の持仏を祀り、独立の碑文を書した。1903年明治36年)に修行道場として僧堂が開単されている。

2009年平成21年)11月26日、第 125代天皇明仁皇后美智子夫妻が訪問した[9]皇太子時代1977年昭和52年)以来の再訪である[10]

境内の文化財など[編集]

茅葺造りで、正保5年(1648年)に京都詩仙堂石川丈山によって揮毫された『金鳳山』の山号額を掲げている[6]
  • 山門(埼玉県指定有形文化財)
木造、茅葺、1664年寛文4年)建立。正面には京都詩仙堂石川丈山の揮毫による『凌霄閣』の扁額を掲げる。凌霄(霄は空の意)は、空を凌ぐこと、志の高いことのたとうである。楼上桟戸の両側には花頭窓が施してあり、内部には松平信綱によって寄進された釈迦文殊普賢の三尊仏と十六羅漢像を安置している[6]
  • 仏殿(埼玉県指定有形文化財)
山門と同じく岩槻から移築されたもので、禅宗様式をよく伝える唐様の建物で、間口六間、奥行五間半、茅葺きの単層入り母屋造りである。本尊釈迦如来坐像で、阿難尊者と迦葉尊者が両脇侍として安置されている[6]
  • 中門(埼玉県指定有形文化財)
茅葺きの切妻造りの四脚門で、総門を小振りした感じの建物である[6]
茅葺き宝形造り。字を独立、諱を性易と言い、別に天外一閑人と称したの僧、独立性易(どくりゅうしょうえき)の坐像と独立の念持仏であった観音像を安置している。独立は黄檗派の僧である[6]
信綱夫妻墓のほか、大河内松平家歴代の墓もある、
野火止用水開削の功労者

交通アクセス[編集]

詳細は公式ウェブサイトの「拝観・交通」[1]を参照。 所要時間はおよその時間。

徒歩

野火止用水沿いに遊歩道が整備されている。

バス

各社鉄道駅から平林寺停留所まで15 〜 20分程度(※ 道路混雑状況により変動あり)

  • 東武東上線:(ひばり73系統)志木駅南口 - 東一丁目 - 平林寺 - 西武池袋線ひばりヶ丘駅北口
  • 東武東上線:志木駅南口 - 新座駅南口 - 平林寺 - 西武池袋線:ひばりヶ丘駅北口[1]
  • 東武東上線:志木駅南口 - 東一丁目 - 平林寺 - 新座営業所[1]
  • 東武東上線:朝霞台駅 - 平林寺 - 東久留米団地 - 西武池袋線:東久留米駅東口
  • JR武蔵野線:新座駅南口 - 平林寺 - 西武池袋線:東久留米駅東口
  • JR武蔵野線:新座駅南口 - 平林寺 - 西武池袋線:大泉学園駅(北口)
にて、「平林寺」下車。(全て西武バスが運行)
※ JR新座駅発着系統は、運行本数が少ないので注意。

平林寺に拝観者用の駐車場はない。平林寺周辺に民間駐車場はあるが、収容台数が少ないので、公共交通機関の利用推奨されている。

  • 国道254号川越街道バイパス)「新座警察署」交差点を、新座市役所方面(南方向)へ進み、約 1km[1]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 江戸名所図会』は雪堂((元和9年)1623年 寂)を中興とする[2]。雪堂は鉄山宗鈍の門弟[5]
  2. ^ 『江戸名所図会』に記述/挿絵がある[11]

出典[編集]

  1. ^ a b c d 新座市産業観光協会.
  2. ^ a b c d 江戸名所図会 1927, p. 83.
  3. ^ 新編武蔵風土記稿 野火止宿.
  4. ^ a b c d e 平林寺公式サイト 歴史.
  5. ^ 平林寺公式サイト 禅僧列伝.
  6. ^ a b c d e f g 藤井孝文『平林寺』案内本、p.4 - 9、平林寺 発行、2009年(平成21年)
  7. ^ 「平林寺縁起」松竹寛山 平林寺住職(第25世)兼僧堂師家。季刊「禅文化」 238号 禅文化研究所、2015年(平成27年)10月 11p
  8. ^ 野火止用水・平林寺の文化的景観保存計画 第2章 野火止用水・平林寺の文化的景観の捉え方1” (PDF). 新座市. p. 15 (2012年11月1日). 2023年7月20日閲覧。 (日本語)
  9. ^ 天皇皇后両陛下のご日程 平成21年(10月~) (日本語) - 宮内庁
  10. ^ “両陛下、平林寺で紅葉狩り 埼玉・新座市”. 47NEWS. 共同通信 (全国新聞ネット). (2009年11月26日). オリジナルの2012年7月20日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20120720184756/http://www.47news.jp/CN/200911/CN2009112601000320.html  (日本語)
  11. ^ 江戸名所図会 1927, pp. 86–87.

参考文献[編集]

外部リンク[編集]