平成の森しおかぜ球場
| 平成の森しおかぜ球場 Heisei-no-mori Sea breeze Baseball Stadium |
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|---|---|
| 施設データ | |
| 所在地 | 宮城県南三陸町 |
| 開場 | 1991年 |
| 所有者 | 南三陸町 |
| 管理・運用者 | 南三陸町 |
| グラウンド | 内野:土、外野:天然芝 |
| 照明 | 照明塔: あり |
| 使用チーム • 開催試合 | |
| 東北楽天ゴールデンイーグルス 歌津ナイターリーグ | |
| 収容能力 | |
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約10000人
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| グラウンドデータ | |
| 球場規模 | グラウンド面積:両翼90m、中堅120m |
平成の森しおかぜ球場(へいせいのもりしおかぜきゅうじょう)は、宮城県南三陸町の平成の森にある野球場。南三陸町が運営管理している。
目次 |
[編集] 歴史
1991年から町制を記念し各種スポーツ施設を有する総合運動施設として建設された平成の森にあり、1991年3月に竣工。開場以降、地元小中学校、高校野球などアマチュア野球公式戦が行われている。2008年からそれまで「平成の森球場」だったが、愛称として「しおかぜ」が加わり、「平成の森しおかぜ球場」と呼称されるようになった。
[編集] 年表
- 1991年竣工。開場記念試合はイースタン・リーグ読売ジャイアンツ対横浜大洋ホエールズで当時の町長の佐藤栄太郎が始球式を務めた。収容人数1万人の球場に関らず3万人が来場。
- 1996年イースタン・リーグ読売ジャイアンツ対西武ライオンズ戦が5年ぶりに開催予定も雨天中止。
- 2000年歌津町とイタリア・ベザーノが姉妹都市となり、牧野駿歌津町長(当時)とコロンボ市長が球場脇に記念植樹。
- 2004年末東北楽天ゴールデンイーグルスが新規参入。牧野町長らが球場二軍試合開催を打診。
- 2006年イースタン・リーグ東北楽天ゴールデンイーグルス対東京ヤクルトスワローズ開催。開催前に球場開場以来初の改修工事(グランド整備)を行う。
- 2008年二年ぶりの東北楽天対千葉ロッテマリーンズ戦に備え、老朽化の目立つフェンス・壁などを塗り替え、補修する第二次改修工事完了。試合開催。
- 財源確保のため球場広告募集
- 愛称「しおかぜ」が付き「平成の森野球場」から一般公称「平成の森しおかぜ球場」へ変更。
- 2009年東北楽天対東京ヤクルト戦予定も雨天中止。
- 楽天ジュニアコーチ沖原佳典、中濱裕之及び中山由香と地元スポーツ少年団、みどりの少年団により球場付近にアオダモ等植林(後述)
- 2011年東日本大震災で校舎・校庭に被害を受けた町立名足小学校、校庭が仮設住宅建設用地となった町立伊里前小学校両校の合同運動会が11月12日に当球場のグラウンドを利用し挙行された(後述)。
[編集] 施設概要
- 両翼:90m、中堅:122m
- 内野:土、外野:天然芝
- 収容人員:約10,000人(内野:簡易シート外野:天然芝)
- スコアボード:チーム名・得点表示のみ(選手名表示なし)
- 照明設備:照明塔6基
特徴的なのはレフトスタンド側奥の森林公園には木製アスレチックがあり、観戦に飽きた子供が遊べるようになっている。一方ライトスタンド側にはレストランベザーノの二階席があり、食事をしながらの野球観戦も可能。このベザーノの入っている施設内には元木大介が当球場でプレーした若き頃(後述)の写真が飾られている。
両翼は90mとやや狭く、かつフェンスも2m以下なのでホームランが出易いと思われがちだが、前述のように風が強い時には押し戻される場合もある。
[編集] 特徴
- 開場記念試合はイースタン・リーグ横浜大洋ホエールズ対読売ジャイアンツだったが、一万人収容、二軍の試合にも関わらず、三万人の観客が来場した。この時、まだ若手で売り出し中の元木大介も当球場でプレーした。普段は主に、地元小中学校や、高校野球の予選、歌津ナイターリーグに使用されている。
- その後東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入もあり、イーグルス二軍の試合も行われた。新規参入時、当地方で観客を動員でき、交通アクセスが容易、また読売巨人軍監督の原辰徳が当時の牧野駿町長(注・当時はまだ市町村合併前であり歌津町)に「周辺の施設(トレーニング場等)が整えばプロでも常時使用可能な球場」と言ったことから楽天の二軍戦が年間数試合可能ではないかと期待されたが、年間一、二回に留まっている。
- この地方の球場には珍しくナイターを完備している。
- 同じく、平成の森内にある「和風レストラン ベザーノ」(名前の由来は南三陸町の姉妹都市であるイタリアのベザーノ)から球場を一望でき、宮城球場のEagles'Nest(イーグルスネスト)に似ている。
- 2008年度から「平成の森しおかぜ球場」と改名されるに伴い、外野ラバーフェンス部分の広告主募集が行われていた。
- 2009年5月23日に平成の森を会場に「みやぎバットの森植樹祭」が開催された。宮城県では、2005年に東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生したことを記念し、県内各地にバットの原木となるアオダモ等を主体とした広葉樹の森づくりを進めている。 この日は、楽天野球団ジュニアコーチの沖原佳典と中濱裕之ほか、「ミスインターナショナル日本代表2009」の中山由香が緑の大使として南三陸町を訪れ、町内のスポーツ少年団やみどりの少年団など約100人と、球場付近にアオダモやヤマボウシなど150本の苗木を植えた。
- 2011年3月11日に発生した東日本大震災において海岸線に近い南三陸町立名足小学校は校舎、校庭に著しい損壊を受け、また同町立伊里前小学校は高台にあり被害は軽かったが、校庭は町内で不足していた仮設住宅建設の用地として利用されており通年五月に行われていた運動会が延期となっていた。また平成の森のグラウンドも建設用地となっており利用はできず、そのため11月12日、球場開業以来初の運動会利用となった。
[編集] 改修工事
平成の森球場は現在まで二回の改修工事が行われている。まず2006年にイースタン・リーグ東北楽天ゴールデンイーグルス対東京ヤクルトスワローズが行われる際に内野土と外野芝との段差を失くし、マウンド、ブルペン整備を二ヶ月間行った。 二回目の改修工事は1991年の開場以来、2007年初めて球場の色を変えた。球場のフェンス等等は以前は地味なダークグリーンの色であった。だが歌津町が隣接する志津川町と合併し南三陸町になったことにより球場のフェンス等を以下のように変更した。
- 内外野ラバーフェンス及びフェンス金網部分…スカイブルー
- これは合併し誕生した南三陸町のイメージカラーが同色であるため。
と一転しカラフルな球場に生まれ変わった。
[編集] 有料広告
2008年度から財源確保のために、外野ラバーフェンス部分10区画への有料広告主募集を行ったところ、すぐに広告掲載希望者が現れ、全ての区画が埋まった。 気をよくした行政は内野部分の広告主募集かけている(現在も募集中)
[編集] 観戦において
開場当時球場付近に家屋などは少なかったが、2001年頃から球場に隣接する升沢地区の開発が始まり、升沢団地が誕生した。升沢団地はバックネットの延長線上にあるので、ナイター観戦等は応援において注意が必要である。
[編集] 交通
- 歌津駅から徒歩約20分、タクシーで約5分
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 南三陸町町役場ホームページ(日本語)
- 植樹の様子