平川唯一

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平川 唯一(ひらかわ ただいち、1902年2月13日 - 1993年8月25日)は、日本放送協会(NHK)のアナウンサー岡山県出身。

経歴[編集]

16歳で渡米、苦学してワシントン大学演劇科卒。俳優として『バタフライ』などの映画に出演した後、1937年帰国、社団法人日本放送協会(現在の日本放送協会の前身)の国際部に勤務。戦時、米州部放送班長いわゆるアナウンサーとして、アメリカ兵に対して厭戦工作を行っていた。

また、太平洋戦争終結時、放送された玉音放送(終戦の詔書)を英訳し、敵国に対し国際放送でこれを朗読した。

第二次世界大戦後の1946年から1951年まで、「カムカム エブリボディ」(証城寺の狸囃子の英語パロディーソング)で始まるラジオ講座「英語会話」の講師を務める。日本の英語ブームの元祖火付け役である。映画『運命』(牧田役)にも出演した。後に太平洋テレビ副社長。勲五等双光旭日章。

備考[編集]

平川は、玉音放送(終戦の詔書)の英訳に関して、原文(漢文訓読体)の雰囲気を損ねないよう、非常に古典的で厳粛、且つ重厚な最上級の文語体による英訳を行った(実際には当時、英国王室で公式的に使用されていた、ヴィクトリア朝のクィーンズ・イングリッシュと思われる)。また、朗読に際しても英訳と同様、威厳をもって臨んだ(TBS報道特集より)。

翻訳[編集]

  • 『この地獄も愛すればこそ バートン・クレーン』 メトロ出版社 1948

関連項目[編集]