巣山古墳

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巣山古墳
位置 北緯34度33分23秒 東経135度44分27秒 / 北緯34.55639度 東経135.74083度 / 34.55639; 135.74083座標: 北緯34度33分23秒 東経135度44分27秒 / 北緯34.55639度 東経135.74083度 / 34.55639; 135.74083
所在地 奈良県北葛城郡広陵町
形状 前方後円墳
規模 全長220m
築造年代 4世紀末~5世紀初
埋葬施設 竪穴式石室
史跡指定 特別史跡(1952年指定)
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巣山古墳(すやまこふん)は、奈良県北葛城郡広陵町大字三吉元斉音寺に所在する古墳時代前期から中期への過渡期(4世紀末から5世紀初め)の前方後円墳であり、馬見古墳群の中央群に属する。なお、1927年(昭和2年)周濠より内側が史跡に指定され、1952年(昭和27年)に特別史跡に指定された。

概要[編集]

巣山古墳のステレオ空中写真(1979年) 国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

本古墳は中央群中でも大きく中心的な存在である。北向きの前方後円墳であるが、中心軸は少し北東に向いている。墳丘の周囲は幅広い周濠が巡らされており、全面水をたたえた濠となり、その水濠の中に浮かぶ中島のように横たわっている。

墳丘は封土を三段に築成しており、上に行くほど急斜面になっている。その斜面に安山岩系の礫石や割石が葺かれている。 前方部と後円部の両方のくびれ部に方形の造り出しが付設されている。 後円部は盗掘されている。

規模[編集]

全長204メートル、後円部径110メートル、高さ25メートル、前方部幅94メートル、高さ21メートル。後円部の頂上は径45メートルの平坦な地形になっている。

周濠は楯形で、幅は後円部側で33メートル、前方部側で37メートル、くびれ部造り出し周辺で57メートルである。 周濠の外堤は最大幅が27メートル、南の一部、東側、北側の一部に築堤を行い、特に東面と北東周辺が高く、幅広い築堤となっている。

埋葬施設[編集]

後円部の頂上部が明治年間に盗掘を受け多くの遺物が出土しており、後円部主軸に並行して二基の竪穴式石室が掘られていた(1923年[大正12年]の上田三平の報告)が、詳細は不明である。 前方部の先端にも方形の壇状の施設があって、内部に小型の割石を積み上げた竪穴式石室のような埋葬施設があったとみられている。 造り出しからは滑石刀子(かっせきせいとうす)、籠形土器が出土しており、祭祀関係施設であったと考えられている。

[1]

脚注[編集]

  1. ^ この項は、泉森皎「巣山古墳」 文化庁文化財保護部史跡研究会監修『図説 日本の史跡 第3巻 原始3』同朋舎出版 1991年 37-38ページを参照した。

参考文献[編集]

  • 文化庁文化財保護部史跡研究会監修『図説 日本の史跡 第3巻 原始3』同朋舎出版 1991年 ISBN 4-8104-0926-0

関連項目[編集]