川端玉章

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

川端 玉章(かわばた ぎょくしょう、天保13年3月8日1842年4月18日) - 大正2年(1913年2月14日)は、日本画家。京都の生まれ。蒔絵師左兵衛の子。本名・滝之助。

中島来章に学び、画論を小田海僊に学ぶ。1866年江戸に移り高橋由一に油絵を学ぶ。1882年第一回内国絵画共進会、1884年第二回で銅賞。1889年岡倉天心によって東京美術学校円山派の教師として迎えられる。1890年東京美術学校教授に就任。1896年帝室技芸員、1897年古社寺保存会委員、1898年日本美術院会員、文展開設以来審査員を務める。1910年川端画学校を開設。

孫の川端実は洋画家。

門下[編集]

代表作[編集]

著書[編集]

  • 玉章画集 画報社 1902.5
  • 玉章画集 美術書院 1911.3
  • 玉章画集 古稀号 画報社 1911.7
  • 玉章画譜 川端画学校出版部 1906-11
  • 秋津百景 榛原直次郎 1916
  • 玉章翁遺墨集 巧芸社 1931
  • 川端玉章の画手本 グラフィック社 1979
  • 習画百題 芸艸堂 1995
  • 川端玉章付け立て画手本 東方出版 2002

その他[編集]

東京都港区高輪2丁目の路端(墓所のある正源寺の脇)と、東京芸術大学の中庭に、顕彰碑が建てられている。

関連項目[編集]