川北裕介

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川北 裕介 Football pictogram.svg
名前
カタカナ カワキタ ユウスケ
ラテン文字 KAWAKITA Yusuke
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1978年5月13日(36歳)
出身地 大阪府[1]
身長 184cm[1]
体重 80kg[1]
選手情報
ポジション GK[1]
利き足 右足
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

川北 裕介(かわきた ゆうすけ、1978年5月13日 - )は、元サッカー選手。

来歴[編集]

2001年ヴァンフォーレ甲府に入団するものの、出場機会には恵まれず2003年よりJFL大塚製薬に移籍。大塚製薬では正GKとして活躍し、J2昇格に貢献した。

2004年11月5日に行われたJFL後期第12節(対ザスパ草津群馬陸)の前半7分において、草津のFW佐藤正美と左の米神あたりから衝突した。継続出場が困難だったため、選手交代後すぐに川北は救急車で病院に運ばれた。選手生命を絶たれる寸前だったが、驚異の回復力と血のにじむような努力で復活した。またこの時、当時大塚製薬の田中真二監督に「怪我してるときくらい家族サービスしないでどうする」と言われたという。このことから、川北は相当なリハビリ・トレーニングをこなしていたと思われる。

J2昇格後は大塚製薬が母体となって出来た徳島ヴォルティスの初代背番号1を背負うも、高橋範夫が主に起用されたためリーグの出場はなかった(リザーブ入りは数回ある)。

2006年よりこちらもJ2に昇格した四国のライバル・愛媛FCに移籍。移籍後は正GKに定着していたが、2007年以降は佐藤昭大多田大介といったレンタル加入組とのポジション争いにさらされた。2009年は故障でシーズンを棒に振り、同年加入した山本浩正にポジションを奪われたが、怪我から戻った2010年の終盤戦にポジションを奪取した。2011年は自己最多となる32試合に出場し、正GKに定着したかと思われたが、2012年は移籍加入した秋元陽太にポジションを奪われ出場ゼロに終わった。同年限りで現役を引退[1]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2001 甲府 21 J2 13 0 0 0 3 0 16 0
2002 9 0 - 0 0 9 0
2003 大塚 21 JFL 29 0 - 3 0 32 0
2004 1 10 0 - 0 0 0 0
2005 徳島 J2 0 0 - 0 0 0 0
2006 愛媛 35 J2 24 0 - 2 0 26 0
2007 19 0 - 4 0 23 0
2008 1 21 0 - 2 0 23 0
2009 0 0 - 0 0 0 0
2010 13 0 - 0 0 13 0
2011 32 0 - 2 0 34 0
2012 0 0 - 0 0 0 0
通算 日本 J2 131 0 0 0 13 0 144 0
日本 JFL 39 0 - 3 0 42 0
総通算 170 0 0 0 16 0 186 0

指導歴[編集]

  • 2013年 - 愛媛FCアカデミーGKコーチ

個人タイトル[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 川北 裕介選手 現役引退 及び愛媛FCアカデミーGKコーチ就任のお知らせ 愛媛FC 2013.02.01