川井村
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
川井村(かわいむら)は、岩手県の中央に位置する村である。早池峰自然環境保全地域、区界高原自然環境保全地域、青松葉山自然環境保全地域が含まれる。
目次 |
[編集] 地理
平地はほとんど無く川沿いに人家が密集する地区が多い。
[編集] 歴史
[編集] 沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制が施行される。
- 1896年(明治29年)3月29日 - 中閉伊郡と北閉伊郡、東閉伊郡が合併して下閉伊郡となったことに伴い、3村は下閉伊郡所属となる。
- 1955年(昭和30年)7月1日 - 旧・川井村、小国村、門馬村が合併し、新たな川井村が成立した。
- 1988年(昭和63年)12月 - 川井村江繋タイマグラ地区に、日本国内で最後に電気が通じる[1]。
[編集] 合併問題
川井村は下閉伊郡に属し、同郡の中心都市である宮古市や、岩泉町など同郡の町村(普代村を除く)と広域行政組合(一部事務組合)を設置して、ゴミ処理、し尿処理などの広域行政を行ってきた。このことから、平成の大合併においては、宮古市が広域行政組合を構成する町村に合併検討会への参加を呼びかけたが、川井村では合併検討会参加を拒否した。
宮古市との合併を拒否したのは、山間部にある川井村が宮古市と合併すれば、「周辺部」としてさらに過疎化が進む懸念があるというのが最大の理由であったが、広大な行政区域を有し、(1955年の合併以前の)旧村間の交通も不便な川井村では、住民の生活圏も東部の旧川井村地区では宮古市、西部の旧門馬村地区は盛岡市、南部の旧小国村地区は遠野市に分かれ、このうち旧門馬村地区では、2005年(平成17年)7月に行われた住民アンケートの結果、盛岡市との合併を望む回答(78.2%)が、宮古広域圏での合併を望む回答(3.2%)を大きく上回った。
2006年には岩手県の関係者が、分村合併が決まった上九一色村を擁する山梨県の市町村課を訪れ実情を聞く[2]など、一時は分村合併を想定した動きも見られたが、村当局は分村合併に対し慎重姿勢を取り、その後2008年(平成20年)7月30日に宮古市と法定合併協議会を設置、2010年(平成22年)1月1日に宮古市へ編入合併することで合意した。
2009年(平成21年)5月28日には合併協定調印式を挙行し、6月12日には宮古市と川井村の両議会が合併関連議案を可決した。
[編集] 行政
- 村長:内舘勝則(うちだて かつのり)
[編集] 姉妹都市・友好都市
- 姉妹都市提携を結んでいる市町村等は存在しない。
[編集] 産業
[編集] 郵便局
- 川井郵便局
- 門馬郵便局
- 小国郵便局
- 陸中川内郵便局
[編集] 地域
[編集] 人口
| 川井村と全国の年齢別人口分布図(比較) | 川井村の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
|
■紫色は川井村
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||
| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 教育
[編集] 高等学校
- 岩手県立宮古高等学校川井分校
[編集] 中学校
- 川井村立川井中学校
[編集] 小学校
- 川井村立川井小学校
- 川井村立川井西小学校
- 川井村立小国小学校
- 川井村立江繋小学校
- 川井村立門馬小学校
[編集] 交通
[編集] 鉄道路線
[編集] 路線バス
[編集] 道路
[編集] 高速道路
[編集] 地域高規格道路
[編集] 一般国道
[編集] 県道
[編集] 主要地方道
[編集] 一般県道
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 早池峰山
- 区界高原
- 川井村北上山地民俗資料館
- 薬師塗漆工芸館
- 横沢冷泉 静峰苑
- 川井村郷土芸能祭
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
このページはウィキプロジェクト 日本の市町村のテンプレートを使用しています。
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

