チェ・ジンシル
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| チェ・ジンシル | |
| 生年月日 | 1968年12月21日 |
|---|---|
| 没年月日 | 2008年10月2日(満39歳没) |
| 出生地 | ソウル |
| 国籍 | |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | 俳優、モデル |
| ジャンル | テレビ番組、映画 |
| 活動期間 | 1988年 - 2008年 |
| 活動内容 | 1988年:ドラマ、映画初出演 |
| 配偶者 | 趙成珉(2000年 - 2004年) |
| 家族 | 弟:チェ・ジニョン |
| 主な作品 | |
| テレビドラマ 『嫉妬』 『星に願いを』 映画 『ミスターマンマ』 『嫁さん殺し』 『マヨネーズ』 |
|
| チェ・ジンシル | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 최진실 |
| 漢字: | 崔眞實 |
| 片仮名: (現地語読み仮名) |
チェ・ジンシル |
| ラテン文字転写: | Choe Jinsil |
チェ・ジンシル(崔眞實、1968年12月24日 - 2008年10月2日)は韓国の女優である。ソウル出身。
目次 |
[編集] 人物
- 身長163cm、体重46kg[1]。
- 俳優のチェ・ジニョンは実弟[1]。
- 特技は徒競走[1]。
- 趣味は絵画を描くこと、水泳、自転車[2]。
- 多くのCM、映画、テレビドラマに出演し、芸能人高額納税者名簿の上位にランクインしていたが、1日の小遣いを1万ウォンしか使わない徹底的な倹約生活で、1992年10月27日の「貯金の日」記念式で大統領から表彰を受けている[1]。
[編集] 来歴
[編集] モデル、テレビタレント時代(-1988)
17歳の時に父親が家族の元を離れたことが原因で[2]大学に進学できず、アルバイトをしながら過ごしていた時にモデルエージェンシーにスカウトされて芸能界入り。エキストラモデルとして活動中の1988年に出演したサムスン電子のテレビコマーシャルをきっかけに有名になった。その後、テレビタレントとして数々のテレビCMに出演し人気を高める[1]。
[編集] 俳優デビュー、人気スターへ(1988-1990年代)
1988年、『朝鮮王朝 500年』でドラマデビュー。同年、『最後のソウル』で映画デビュー。その後、一つのキャラクターにとらわれず様々な役を演じる。『林の中の部屋』の商業的な失敗と予定されていた映画出演の出演取り消しで落ち込むが、1992年に出演したテレビドラマ『嫉妬』で、“チェ・ジンシルシンドローム”といわれるブームを巻き起こす。その余勢を駆って映画『ミスターマンマ』に出演した。国税庁が発表した91年度芸能人高額納税者名簿で5位、青龍賞人気スター賞を1990年から1998年まで出演作がなかった1996年を除いて連続受賞するなど韓国において1990年代を代表する俳優となった[1]。
90年代のトップスターとなった彼女のギャラはトップクラスで1999年に出演した映画『マヨネーズ』は出演料が当時の韓国芸能界史上最高額の1億8千万ウォンであったことも話題を集めた[2]。一方で1994年に出演した映画『私は望む、私に禁じられたことを』は「自分のイメージが変わるなら」という理由でノーギャラで出演している。
[編集] 結婚、一時活動休止(2000-2004)
2000年に当時日本の読売ジャイアンツに所属していた趙成珉投手と結婚。出産・育児のため一時芸能活動を休止していたが、2002年より再開。その後、養育権を巡る争いなどから夫との関係が悪化し、2004年に離婚するなど、この時期は不遇の期間といえる。
[編集] カムバック、突然の自殺(2005-2008)
2005年放送のテレビドラマ『バラ色の人生』が視聴率40%を超える人気作品となり、再評価され、カムバックを果たす。
2008年10月2日、瑞草区にある自宅のシャワーブースで首を吊った状態で発見された。自殺とみられている。39歳没[3]。彼女はインターネット上の「ジンシルは自殺したアン・ジェファンに25億ウォン(約2億2000万円)を貸していた。名義上の社長を立て、その裏で貸金業を手がけている」という誹謗中傷に悩んでおり、それが自殺の原因と見られている[4]。彼女は1日に朝鮮日報の記者の電話インタビューに応じていたようで、前向きな発言もあったものの、インタビューに答えるその声はどこか憂いを含み落ち込んでいたという[5]。
2日0時42分頃、ジンシルは親しかったメイクアップアーティストのイという人物に「この世の中で最も愛している姉さん、何があっても(子供の)ファンヒとジュンヒのことをお願い…」というメッセージを送り、その3分後の0時45分にまたイに「ごめん」というメッセージを送ったという。これがジンシルが最後に残したメッセージとされる[6]。
韓国時間の4日午前7時30分にサムスンソウル病院(ソウル市江南区逸院洞)斎場でキリスト教のミサ形式で告別式が行われた。京畿道城南市中院区にある城南ヨンセン院で荼毘に付された後、楊平郡楊西面両水里にあるカプサン公園墓地に埋葬された[7]。
[編集] チェ・ジンシル法
与党ハンナラ党は2008年10月3日、「チェ・ジンシルさんの自殺によって、インターネット上の悪質な書き込みの弊害が再び明らかになった。サイバー侮辱罪およびインターネット実名制の導入を積極的に進める方針だ」と説明し、定期国会で情報通信網の利用法を改正する「チェ・ジンシル法」を導入する方針を示した。インターネット上の悪質な書き込みは表現の自由とみなすことはできず、社会全般に与える被害であり、法律の保護を受ける価値もないとの立場。民主党など野党は、悪質な書き込みを浄化する試みは必要だが、ジンシルの自殺をきっかけに与党がインターネットの統制に乗り出してはならない、と主張。国会文化体育観光放送通信委員会の田炳憲(チョン・ビョンホン)議員(民主党)は「インターネット空間の本質である開放性、自律性、匿名性をなくすというのは危険な発想」と言う立場をとった[8][9]。
国会文化体育観光放送通信委員会のチェ・ムンスン(民主党)議員は10月6日、ジンシルの遺族らが政界の動きに対し、ジンシルの名前を利用して立法化が推進されている事に関して、実名を入れた法令導入が子どもや家族、芸能人仲間をさらに苦しめているとして実名の使用中止を要求している事を明らかにした。これに関連し、柳仁村(ユ・インチョン)文化体育観光部長官は「チェ・ジンシル氏の本名が議論されないように要請する」としたうえで「人格を否定するなど多大な影響力を及ぼすことから、対策が必要だ」と話した[10][11][12]。
[編集] 出演
[編集] ドラマ
| 放送年 | 放送局 | 作品名 | 役名 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1988年 | MBC | 朝鮮王朝500年 | チャンミ | 女優デビュー作品 |
| 1989年 | MBC | 貴方の祝杯 | ||
| MBC | シジン邑 | テレビドラマ初主演作品 | ||
| MBC | 眠らない樹 | |||
| MBC | 第5列 | |||
| MBC | 波紋 | |||
| 1990年 | MBC | 我らの天国 | ||
| MBC | 新妻の部屋に恋が開いたよ | |||
| MBC | 二冊の日記 | |||
| MBC | 追憶旅行 | |||
| 1992年 | MBC | 風景 | ||
| MBC | 約束 | |||
| MBC | ジェラシー(嫉妬) | ハギョン | ||
| MBC | 魅惑 | |||
| 1993年 | MBC | 暴風の季節 | ジニ | |
| 1994年 | SBS | 恋の香り | シン・ヨンジン | |
| 1995年 | SBS | ジャズ | ||
| MBC | アパート | |||
| SBS | ドリーム・レーサー | オ・ハリョン | ||
| 1997年 | MBC | 星に願いを | イ・ヨニ | |
| MBC | 君と僕 | ユン・スギョン | ||
| 1998年 | MBC | 追憶 | ||
| 1999年 | MBC | 薔薇と豆もやし | ソン・ミナ | |
| 2000年 | MBC | 風雲 | ||
| 2002年 | MBC | 君を知ってから | イ・オックァ | 芸能活動復帰作品 |
| SBS | ジャズ | |||
| 2004年 | MBC | 薔薇の戦争 | オ・ミヨン | |
| 2005年 | KBS | バラ色の人生 | メン・スニ | |
| 2007年 | MBC | 悪い女 善い女 | イ・セヨン | |
| 2008年 | MBC | ラスト・スキャンダル | ホン・ソニ | 遺作 |
[編集] 映画
| 公開年 | 作品名 | 役名 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1988年 | 最後のソウル | 映画デビュー作品 | |
| 1990年 | 南部軍 | パク・ミンジャ | |
| コッチタン | ヘジ | ||
| 私の愛、私の花嫁 | ミヨン | ||
| あのね、秘密だよ2 | |||
| 1991年 | スーザンブリンクのアリラン | シン・ユスク(スーザン・ブリンク) | |
| 1992年 | 森の中の部屋 | ||
| ミスター・マンマ | ヨンジュ | 主演 | |
| 1993年 | 愛したい女、結婚したい女 | ||
| 1994年 | 私は望む、私に禁じられたことを | カン・ミンジュ | 主演、ノーギャラで出演 |
| 嫁さん殺し | チャン・ソヨン | 主演 | |
| 1995年 | ママに恋人ができたよ | ウンジェ | 主演 |
| 誰が俺を狂わせるか | ジョヨン | 主演 | |
| 1996年 | ゴースト・ママ | インジュ | 主演 |
| 1997年 | ホレデー・イン・ソウル | 電話交換手 | |
| ベイビー・セール | カン・ジヒョン | 主演 | |
| 手紙 | イ・ジョンイン | 主演 | |
| 1998年 | マヨネーズ | アジョン | 主演 |
| 2000年 | 燃ゆる月 | ピ |
[編集] 受賞歴
- 春史大賞映画祭
- 新人女優賞:1991年
- 青龍映画賞
- 人気スター賞:1991年,1992年,1993年,1994年,1995年,1997年,1998年
- 新人女優賞:1990年
- 名誉人気スター賞:2008年
- 大鐘賞
- 新人女優賞:1991年
- 人気女優賞:1993年
- 最優秀女優賞:1995年
- MBC演技大賞
- 特別功労賞:2008年 (長きに渡るMBCドラマへの貢献が認められた。遺作となったラスト・スキャンダルで共演したチョン・ジュノが代理受賞した)
- ベストカップル賞(チョン・ジュノ)『ラスト・スキャンダル』:2008年
[編集] 著作
- 自伝エッセイ『うん、今日一日も真実に生きよう』
[編集] 関連項目
[編集] 脚注・出典
- ^ a b c d e f Innolife.net. "チェ・ジンシル(ChioJinSil. 최진실)". 2008年10月2日 閲覧。
- ^ a b c シネマコリア. "チェ・ジンシル". 2008年10月2日 閲覧。
- ^ WoW!Korea (2008年10月2日). "<速報>チェ・ジンシル 自宅で自殺". 2008年10月2日 閲覧。
- ^ 2008年10月3日放送「スーパーJチャンネル」より
- ^ 朝鮮日報 (2008年10月2日). "チェ・ジンシルさん、自殺前最後のインタビュー". 2008年10月4日 閲覧。
- ^ 中央日報 (2008年10月2日). "チェ・ジンシルが文字メッセージ…「何があっても子どもをお願い」". 2008年10月4日 閲覧。
- ^ 朝鮮日報 (2008年10月4日). "涙のイ・ヨンジャ「ジンシル、I Love You」". 2008年10月4日 閲覧。
- ^ 朝鮮日報 (2008年10月4日). "ハンナラ党、「チェ・ジンシル法」の制定を検討". 2008年10月29日 閲覧。
- ^ 中央日報 (2008年10月4日). "‘チェ・ジンシル法’の新設を推進". 2008年10月29日 閲覧。
- ^ 中央日報 (2008年10月7日). "「サイバー侮辱罪」の新設に与野党間で意見対立". 2008年10月29日 閲覧。
- ^ 朝鮮日報 (2008年10月7日). "「チェ・ジンシル法」に待った!遺族が実名使用の中止求める". 2008年10月29日 閲覧。
- ^ クローズアップ現代 放送記録 - サイバー暴力は防げるか~韓国 ネット規制の行方~2009年1月14日(水)放送

