峠の釜めし
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峠の釜めし(とうげのかまめし)は、群馬県安中市松井田町にある「荻野屋」が製造・販売する駅弁である。
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[編集] 概要
直径140㎜高さ85㎜重量725gの益子焼の釜に入った薄い醤油味の出汁による炊き込みご飯である。
[編集] 釜
栃木県芳賀郡益子町の窯元つかもとで製造されており、釜の上半分の上薬が塗ってある茶色の部分に「横川駅」「おぎのや」という文字が刻まれている。釜の上には厚さ5mmほどの素焼きの蓋が付いており、さらにその上に包装紙が被せられ、紐で割り箸とともにくくりつけてある。
単に釜型の容器に飯や具を盛り付けただけの"釜飯風の駅弁"ではなく、この容器に生の米と出汁・具を盛り付け、実際に炊飯したものを温かいうちに提供する本物の釜飯である。このため、この釜を持ち帰れば家庭でも実際に1合の御飯を炊くことができ、おぎのやの公式サイトでも炊き方が紹介されている。
食べ終わった容器(釜)は、不要な場合はおぎのやの各店舗に持ち込めば回収してくれる。一部店舗では、空容器の回収ボックスもある。
- 店舗内で供された物のうち一部の容器は洗浄後に再利用されるなどリサイクルも進められている[1]。
[編集] 具
鶏肉・ささがき牛蒡・椎茸・筍・ウズラの卵・グリーンピース・紅しょうが・栗・杏。
[編集] 歴史
1958年(昭和33年)2月1日:「峠の釜めし」発売[3]。
- 発案者は、4代目社長高見澤みねじ・当時社員で後に副社長となる田中トモミ[4]といわれている。
- この頃の同社は業績が低迷していたが、全列車が横川 - 軽井沢間の碓氷峠通過に際しED42形電気機関車への付け替えが必要なために比較的長時間停車すること。また当時としては画期的だった温かい駅弁であったこと。文藝春秋のコラムに取り上げられたこと。以上の点から徐々に人気商品となり、その後の隆盛へとつながるきっかけとなった[5]。
1967年:フジテレビジョン系テレビドラマ『釜めし夫婦』(池内淳子主演)のモデルになる。
- この時期前後から、モータリゼーションの進展を受けて、各地の駅弁業者は軒並み苦戦を強いられるようになる。しかし同社では、1962年にこれを逆手にとって国道18号沿いに「峠の釜めしおぎのやドライブイン横川店」を開業。釜めしなどの商品を休憩者に販売することで鉄道への依存を減らしており、現在の同社の販売戦略の基礎となった。
1997年(平成9年)9月30日:信越本線横川 - 軽井沢間廃止
- これにより横川駅での販売量は往時に比べて低い割合に転位することになる。
[編集] 購入できる店舗
2010年現在の購入可能店について以下に記載する。
- その他の施設
- 碓氷峠鉄道文化むら・峠の湯アプト
また百貨店やスーパーマーケットが開催する「駅弁フェア」などのイベントの定番商品として日本全国に出荷実績がある。
[編集] 関連商品
2007年に横川 - 軽井沢間廃止10周年として鉄道模型メーカーの関水金属からNゲージで峠の釜めしの駅構内販売用ワゴンと販売員を模した人形が発売された。