岸部四郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
きしべ しろう
岸部 四郎
本名 岸部 四郎
(きしべ しろう)
別名義 岸部 シロー
生年月日 1949年6月7日(65歳)
出生地 日本の旗 日本京都府京都市
身長 187cm
職業 タレント俳優
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1969年 -
著名な家族 兄:岸部一徳
公式サイト 本人によるブログ
主な作品
テレビドラマ
遠山の金さん
西遊記シリーズ
電車男
その他
ルックルックこんにちは(2代目司会者)
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!(常連ゲスト) 他

岸部 四郎(きしべ しろう、1949年(昭和24年)6月7日 - )は、日本のタレント俳優。元実業家。旧芸名は岸部シロー1990年代半ばごろまで使っていたが、後述の経緯により2000年代中期頃より再び使うようになっている)。元ザ・タイガースのメンバー。

京都府京都市出身。父は元憲兵。兄は同じくタイガースのメンバーであった岸部一徳。甥に一徳の長男である岸部大輔がいる。京都市立近衛中学校卒業。

来歴・人物[編集]

ザ・タイガース時代[編集]

中学卒業後に印刷会社へ就職。後に退職しバンドボーイとなる。タイガースのデビュー後にしばらく音楽面でのアドバイザーを務めた後、メンバーと渡辺プロダクションの援助で1968年(昭和43年)7月アメリカへ渡り、留学の名目で『ミュージック・ライフ』の音楽特派員として活動。1969年(昭和44年)3月、タイガースから加橋かつみが脱退したため、兄・一徳からの電話によって呼び戻され、新メンバーとなる。加橋の後釜としてギター[1]を担当するも、加入当初は実際には弾けず、弾く真似をしていた。また、タンバリンを演奏[2]したり、加橋のヴォーカルパートを引き継ぐ。岸部の加入により、タイガースもユニフォームの常時着用をやめ、ステージのレパートリーではフォークソングやハードロックを取り入れるなど積極的にイメージチェンジを図り、それまでの「白馬に乗った王子様」的なアイドルのイメージより徐々に脱却。敢えて積極的に近畿方言を話し、また当時のアイドルではタブーとされていたメガネを着用、そして司会を担当したステージでは軽快なトークを披露することで次第に好評を得た岸部は、その気さくなキャラクター性が受け入れられ単独でのTV出演をも果たす。ステージでは主に『花の首飾り』『ホリデイ』などそれまで加橋がソロを担当していた曲に加え、ドノヴァンなどのフォークソングも得意とした。また1970年(昭和45年)には岸部一徳とのユニット「サリー&シロー」名義でもアルバムを発表。この頃には、ある程度のリズムギターおよびタンバリンをこなせるようになっており、1970年(昭和45年)8月22日田園コロシアムに於けるコンサートや、1971年(昭和46年)1月24日日本武道館に於ける解散公演では、実際に演奏しているのが映像から確認できる。

タレント活動[編集]

タイガースが解散して間もない頃にアメリカ合衆国で知り合い交際を続けていた1歳年上の女性と結婚。

その後も人気は衰えず、一時ブレッド&バターに合流した後、当時所属していた渡辺プロ(現:ワタナベエンターテインメント)のザ・ピーナッツ天地真理などのステージで司会や、当時ブームとなった青春ドラマ等の俳優として活動。

1978年(昭和53年)、テレビドラマ西遊記』(日本テレビ系列)に沙悟浄役で出演。

1984年(昭和59年)10月から、沢田亜矢子の後任として『ルックルックこんにちは』(日本テレビ系列)の司会を務める。その後、自己破産(後述)により降板する1998年4月まで13年半に渡って担当した。

浪費癖・事業欲・自己破産・芸能活動自粛[編集]

生来貯金が苦手なうえに、人の好さが過ぎ連帯保証人を次々に引き受けた事、自身も浪費癖があった事、事業欲から無謀な挑戦(ヘリコプターのヘリコミューター、アメリカのディスコ買収等)を繰り返した事、などで借金が雪だるま式に増えてしまい、税理士に調べてもらった結果、借金が1億円に膨らんでいたことが発覚(週刊女性のインタビュー記事によると実際は4億2000万円、『大御所ジャパン!』によると事業失敗で約20億円)。自己破産に至った。その影響で、1998年(平成10年)4月6日に突如『ルックルックこんにちは』を自主降板し、所属事務所からも解雇され、芸能活動自粛を余儀なくされる(『ルックルック』を自主降板したのは、かつて所属していた渡辺プロに圧力をかけられ、仕事を干される危機感を持ったためとされる)。一方、漫画家の青木雄二は一連の騒動について、「岸部の年収があれば破産の必要は無かった」と対応に疑問を呈している。

当時、他人の連帯保証が主因として、一種の被害者と報道されることが多かったが、元々骨董のコレクションに傾倒し、破産以前に発売された雑誌『太陽』のコレクター特集で「俺の目利きはかなりの物。コレクション売ったら購入価格以上になる。億はつかったけどこれは資産なんだよ」「骨董に嵌って破産するような奴は馬鹿」とコメントするなど、浪費癖が目立っていた。破産後に『文藝春秋』に寄せた手記でも、骨董品収集が破産の原因になったことを告白しており、自らの責任によるところも大きい。ちなみに、現在も「あまり貯金をしていない」とテレビ番組などで語っている。

自己破産以降・闘病生活[編集]

自己破産以降、その自虐的な出来事を売り物にして、バラエティ番組に出演することが多くなる(ただしレギュラー番組を持つには至らず)。「オレを誰や思てんねん! 元・金持ちやぞっ!!」など、自虐的な台詞もいとわない。『めちゃ²イケてるッ!』ではそれが顕著で、沙悟浄役であったことをネタにきゅうりで釣られたりしている。

2003年(平成15年)に脳内出血で倒れ、緊急入院。生死の境をさ迷うも一命を取り留め、その後退院した。この後遺症で視野狭窄を患い、右目の視野が3分の1しかないことを自身のブログで告白した。

2005年(平成17年)、ドラマ『電車男』に主役の伊藤淳史の父親役で出演した頃から、旧芸名「岸部シロー」も使うようになっている。彼が詐欺師役で出演したドラマ『クロサギ』の最終話では、かつての自己破産経験を思わせる台詞を発している。

2007年(平成19年)4月6日、再婚の妻が心臓発作により急死。享年43。同年9月11日発売の週刊女性のインタビューに応じて胸中を語った。

2008年(平成20年)、12012のシングル「MERRY GO WORLD」のPVに出演した。

2009年(平成21年)、身体の身動きが取れなくなり、救急車を呼んで入院。この頃から体調が悪化し、メディアへの露出が困難となってしまう。

2011年(平成23年)4月16日、フジテレビONEで『岸部のロック』という、自らのロック体験を語る番組に出演[3]

2012年(平成24年)1月24日、沢田研二ライブツアー最終日の日本武道館公演に車椅子姿で登場、第2期ザ・タイガースメンバーが見守る中で『若葉のころ』を歌唱した[4]

2012年(平成24年)12月、『情報ライブ ミヤネ屋』に出演。同年2月に骨折で入院し、手術を受けてからは老人ホームで暮らしているという。

2013年(平成25年)12月27日、ザ・タイガースライブツアー最終日の東京ドーム公演に再び車椅子姿で登場、他のタイガースメンバーが見守る中で『イエスタデイ』を歌唱し、これによって、結成以来初めてタイガースの全てのメンバーが揃うこととなった[5]

主なギャグ[編集]

  • ウシウシ
明星ラーメンのCMに出演したときのセリフ。当時プチ流行した。「ウッシッシ」とは異なる。
  • オレを誰や思てんねん! 元・金持ちやぞっ!!
バラエティ番組に出演する時に、若手芸人・タレントからツッコまれる時に言い返すセリフ。
  • もう、金しかないなぁ!
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』で再三再四ドッキリに引っ掛かった時にダウンタウンらに言い放ったセリフ。

その他[編集]

  • とにかく高価な肉が好き。
  • うまかろう安かろう亭の常連客であった。
  • 借金で苦しんでいるとき、兄の一徳からマネージャーを介してまとまった金を受け取った。マネージャーを通して後で返すと伝えると、一徳からは「返済不要」との返事が返って来た[6]
  • あしたのジョー』(劇場アニメ版)に「マンモス西」役として声優出演している。
  • 趣味は古本収集、骨董品集め、インターネットオークションなどである。
  • 松本竜助が自己破産した際、破産仲間として漫才コンビ結成を持ちかけられたが断った。
  • 西遊記』収録の休憩時間、「俺は1億円持っている」と共演していた夏目雅子を口説いていた。
  • ギャランティーの支払いは、現場での現金支給(とっぱらい)に固執している。これは、振込だと口座から自動的に借金が引き落とされるために、現金の手渡しでなければ金を自由にできないという事情から。
  • 上岡龍太郎中学校の先輩。また、上岡の実家の近所に住んでいたことから、家の前を通っては「ここは漫画トリオのパンチ(上岡の旧芸名・横山パンチのこと)の家や」と触れて回っていたという[7]
  • 2010年5月場所に大関へ昇進した把瑠都に対して自身のブログでエールを送りつつ「彼はまだ相撲の基礎ができてない」、「把瑠都が相撲の基礎を身につけたら、きっとすぐ横綱になるだろうね」と分析した。[8]だが皮肉にもその把瑠都はそれからわずか3年余りの2013年9月場所前に引退してしまった。

主な出演[編集]

映画[編集]

映画(声優)[編集]

テレビドラマ[編集]

近畿方言で演じる役柄が多い。

テレビ(声優)[編集]

その他のテレビ番組[編集]

レギュラー
不定期出演
単発・ゲストなど

など

ラジオ[編集]

オリジナルビデオ[編集]

舞台[編集]

  • お葬式

CM[編集]

その他[編集]

ディスコグラフィ[編集]

サリー&シロー[編集]

アルバム
  • トラ70619(1970年2月)

シローとBREAD&BUTTER[編集]

シングル
  • 野生の馬/雨の日のあなたは(1971年4月)
  • バタフライ/ハッピネス(1971年8月)
アルバム
  • ムーン・ライト(1972年3月)

岸部シロー[編集]

シングル
  • ポケナン・ポケタン・ポケット/東口広場(1972年6月)

タイガース・メモリアル・クラブ・バンド[編集]

シングル
  • 懐かしきラブ・ソング
  • 君よ女神のままに
  • ブルー・シャトゥを君だけに/G.Sが好きさ好きさ好きさ
  • 未来への花束
  • OH OH OH ~We are the Winners~
アルバム
  • タイガース・メモリアル・クラブ・バンド
  • タイガース・メモリアル・クラブ・バンド II 「ぼくと、ぼくらの夏」
ビデオ
  • G.Sフェスティバル
  • 懐かしきラブ・ソング

ザ・タイガースマニア[編集]

シングル
  • 涙のロマンス

その他[編集]

CD
  • ザ・ピーナッツ・オン・ステージ (MCのみ)
DVD
  • ブレッド&バター LIVE 2006 (ゲスト出演)

主な著書[編集]

脚注欄[編集]

  1. ^ ファンよりマーティン製のアコースティックギターをプレゼントされた。
  2. ^ 但し音が出ない様にシンバル部をガムテープで留めて細工
  3. ^ 『岸部のロック』 フジテレビONE番組案内
  4. ^ 「ザ・タイガース」一夜限りの“復活” 岸部四郎「夢のよう」 スポーツ報知 2012年1月25日閲覧
  5. ^ 岸部四郎、車いすで熱唱!ザ・タイガース初めて6人揃った サンケイスポーツ 2013年12月28日閲覧
  6. ^ 「文藝春秋」2009年8月号で、岸部四郎自らが語っている。
  7. ^ 1994年1月28日放送『鶴瓶上岡パペポTV』内での笑福亭鶴瓶及び上岡龍太郎の発言より
  8. ^ 岸部四郎 把瑠都は相撲の基礎ができていないと指摘 excite.ニュース
    Ameba News 2010年4月16日 01時23分 (2010年4月21日 16時57分 更新)より転載

関連人物[編集]

外部リンク[編集]