岩橋善兵衛
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岩橋 善兵衛(いわはし ぜんべえ、宝暦6年(1756年) - 文化8年5月25日(1811年7月15日))は江戸時代の望遠鏡製作者である。
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生涯 [編集]
現在の大阪府貝塚市脇浜新町の商人(魚屋)の家に生まれた。眼鏡の玉磨きを家業として独立し、自然科学に興味を持ち易学者・皆川淇園などと交流した。渡来品の研究を行い寛政2年(1790年)頃、望遠鏡を作り評判を得た。その後も望遠鏡を製作し、多くの天文学者、大名に用いられた。岩崎家はその後4代にわたり望遠鏡を製作した。
業績 [編集]
自らレンズを磨いて製作した望遠鏡は当時の日本の天文学者・高橋至時や間重富に用いられたほか、大名たちにも用いられた。ほかに、太陽、月、星の運行を観測し、干満を計算する「平天儀」を製作し、『平天儀圖解』を著した。
貝塚市には貝塚市立善兵衛ランドが設立されている。