岡田秀樹 (モータースポーツ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

岡田 秀樹(おかだ ひでき、 1958年11月28日 - )は、岡山県生まれのレーシングドライバーである。

経歴[編集]

1978年レースデビューする。しかし実家が経営している会社が倒産し、レースに出る資金を集めるため約一年間アルジェリアへ出稼ぎし、日本モータースポーツ界でも語り草となっている。その後レースに復帰し1987年ル・マン24時間レースで、ザウバーメルセデスから出場、1988年全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)のタイトルを獲得している。同年には全日本F3000選手権デビューを果たす。

2001年の全日本GT選手権(現SUPER GT)の最終戦にて、綜警マクラーレンF1 GTRアンドレ・クートと駆り、ポール・トゥー・ウィンを達成し、外国車勢としては6年ぶりの快挙を成し遂げている。

現役引退後は、SUPER GTに参戦するチーム国光でアドバイザーを務めていたが、2010年からはSUPER GT全体の「ドライビングスタンダードオブザーバー」を務め、服部尚貴と共にレース中のペナルティの判断等を下したりしている[1]。また2013年現在はホンダ鈴鹿サーキットツインリンクもてぎで展開するドライビングスクール「スポーツ&エコプログラム」の講師も務めている[2]

シビック使い[編集]

彼のハイライトは全日本ツーリングカー選手権で、ホンダ・シビック使いとして1987年1988年1991年1992年にドライバータイトルを獲得している。

JTCC年度別での成績[編集]

色の意味はこちらを参照→key

所属チーム 使用車両 Rd.1 Rd.2 Rd.3 Rd.4 Rd.5 Rd.6 Rd.7 Rd.8 Rd.9 Rd.10 Rd.11 Rd.12 Rd.13 Rd.14 Rd.15 Rd.16 順位 ポイント
1995 5ZIGEN ホンダ・シビックフェリオ FSW1 FSW2 SUG1
Ret
SUG2
DNS
TOK1
18
TOK2
15
SUZ1
Ret
SUZ2
10
MIN1
25
MIN2
10
TAI1
26
TAI2
12
SEN1
Ret
SEN2
20
FSW1
Ret
FSW2
18
26th 2
1997 童夢 ホンダ・アコード FSW1
C
FSW2
C
TAI1
12
TAI2
DNS
SUG1
Ret
SUG2
4
SUZ1
8
SUZ2
Ret
MIN1
Ret
MIN2
5
SEN1
9
SEN2
Ret
TOK1
11
TOK2
9
FSW1
7
FSW2
5
12th 30

JGTC年度別での成績[編集]

所属チーム 使用車両 クラス Rd.1 Rd.2 Rd.3 Rd.4 Rd.5 Rd.6 Rd.7 Rd.8 順位 ポイント
1998 TEAM TAKE ONE ポルシェ・911 GT500 SUZ
Ret
FSW
C
SEN
8
FSW
15
TRM
9
MIN
14
SUG
Ret
19th 5
1999 TEAM TAKE ONE マクラーレン・F1GTR GT500 SUZ
17
FSW
Ret
SUG
12
MIN
9
FSW
14
TAI
14
TRM
11
23rd 2
2000 TEAM TAKE ONE マクラーレン・F1GTR GT500 TRM
Ret
FSW
Ret
SUG
13
FSW
12
TAI
4
MIN
Ret
SUZ
Ret
19th 10
2001 TEAM TAKE ONE マクラーレン・F1GTR GT500 TAI
8
FSW
Ret
SUG
12
FSW
16
TRM
6
SUZ
10
MIN
1
9th 38
2002 TEAM TAKE ONE マクラーレン・F1GTR GT500 TAI
16
FSW
9
SUG
14
SEP FSW
Ret
TRM
Ret
MIN
Ret
SUZ
11
26th 2

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ SUPERGT.netで「おしえて! レースのお仕事」鈴鹿分を公開 - オートスポーツ・2010年8月27日
  2. ^ 講師紹介 - Honda Sports & Eco Program