岡山市の地域一覧
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岡山市の地域一覧(おかやましのちいきいちらん)は岡山県岡山市の地域の一覧。なお、これらの地域は地理、あるいは歴史においてあるていど同一性を持った地域であり、住居表示、行政区域、小・中学校学区および旧市町村域とは必ずしも一致しない。
目次 |
[編集] 都心部(北区)
西川を挟み東の旧城下町と西の新市街地に大きく分けられる。主だった行政機関は分散しており官庁街的な地区は形成されていない。
[編集] 丸の内
(まるのうち)- 旧岡山城の本丸・二の丸に含まれ、岡山県庁舎、日本銀行岡山支店、中国銀行本店などがある岡山県行政・経済の中心的地区。また、岡山市民会館や旧:日銀の建物を使ったルネスホール、岡山城主・池田氏の旧蔵品を収蔵する林原美術館などの文化施設も多い。なかでも、丸の内中学校跡に作られた岡山県立図書館は県内で最も蔵書と施設が充実しており、連日多くの利用者が訪れている。
- 内山下
- 岡山城
[編集] 後楽園
(こうらくえん)- 岡山藩主・池田綱政が岡山城東側の旭川の中洲に家臣の津田永忠に命じて作らせた大名庭園。13年の歳月をかけ1700年に完成。1884年に岡山県に譲渡され、一般公開された。岡山市を代表する観光地で、日本三名園の一つに数えられ、1952年には「特別名勝」に指定された。正式名称は「岡山後楽園」、住所も「後楽園」である。広さは133,000m²で、甲子園球場の約3.5倍。年間70万人が訪れる。
[編集] 表町
(おもてちょう)- 江戸時代から続く商業・業務地区で南北を中心に1kmに及ぶアーケード商店街には比較的古い個人商店が多い。北端にある円柱形の岡山シンフォニーホールは音楽と演劇の拠点であるとともにランドマークにもなっている。公共交通は岡山駅と岡山電気軌道の市内電車で結ばれ、天満屋バスステーションには高速バスも含め周辺地域から多くの路線バスが乗り入れている。
- 千日前 - 表町商店街の南端に位置し、映画全盛期まで映画館や芝居小屋が軒を連ねた県内一の娯楽の街であった。しかし、映画産業の斜陽化と共に映画館の数は年々減り続け、最近では周辺地区に進出したシネマコンプレックスの影響もあり現在は少数になっている。木下大サーカス本社がある。
- 中山下
- 京橋
[編集] 清輝橋
(せいきばし)- 旧内田村
- 天瀬
- 京町
- 南中央町
[編集] 天神
(てんじん)- かつては天神山と呼ばれた小高い山で、岡山の基礎を作った戦国大名の宇喜多氏が支配する以前から城郭の一部であったとされ、岡山空襲によって焼失するまで県庁が置かれていた。現在は賑やかな表町の北に隣り合わせ公共施設や学校が多く、都心にありながら比較的閑静な佇まいになっている。県立美術館やオリエント美術館等の文化施設は岡山城や後楽園とともに「岡山カルチャーゾーン」の一画をなしている。
- 弓之町
- 蕃山町
[編集] 弘西
(こうさい)- 旧:城下町北部にあたり「出石町」・「番町」・「広瀬町」など空襲による火災を免れ、区画整理も行われていない古い町並みが残っている一帯。津山へ通じる旧美作街道沿いにあったため古い商店街が残っており、中でも出石町は近年観光スポットとして脚光を浴び、町を拠点に芸術・保存活動が行われ始めている。
[編集] 南方
(みなみがた)- 江戸時代まで城下町北西の外れにあった南方村に由来する。現在は岡山駅の北東に位置し、裁判所と法務局の周辺には南の富田町と共に弁護士や司法書士等のオフィスが集中する地区となっている。岡山県を代表する企業の一つ、ベネッセコーポレーション本社がある。
[編集] 野田屋町・富田町
(のだやちょう・とんだちょう)- 南を桃太郎大通り、北を国道53号に面し、東西を柳川筋と西川緑道公園に挟まれた準商業地区。中央を旧山陽道である後楽園通りが縦断し、かつては映画館もあって賑わいをみせた。現在はオフィス・商店・住宅が混在する都心の下町で、庶民の台所「岡ビル市場」に県内で最も高い高層マンション「グレースタワー」がある。
[編集] 田町
(たまち)- 柳川筋を挟んで表町の西隣にある風俗店が密集する県内有数の歓楽街。
- 中央町
- 柳町
詳細は「田町 (岡山市)」を参照
[編集] 平和町
(へいわちょう) - 前述の表町界隈と後述の東口界隈の2つの繁華街の中間に位置し、両地域を結ぶアクセス道として県庁通りや桃太郎大通りを通行する人が多い。そのため近年は県庁通りを中心に若者向けの衣料セレクトショップや飲食店が多くなり雰囲気が変わった。エリア北部は寺院が多い寺町でもある。
- 磨屋町
- 田町1丁目北部
[編集] 岡山駅東口
(おかやまえきひがしぐち)- エリアの通称として単に「東口」とも呼ばれる。岡山駅の東口側に広がる地区一帯。明治24年の岡山駅開業によって発展、鉄道貨物輸送が盛んな時代まで工場や倉庫が多い一帯であったが、山陽新幹線開通を契機に、現在は市内で最も活気のある業務・商業地区になっている。
地方都市では珍しく岡山一番街等の地下街が発達しており、周辺の主要なビルを結んでいる。近年、駅の商業施設化と岡山会館のリニューアルが行われ、閉鎖されていた岡山駅地下三番街もJR主導によって改装工事が行われているなど益々吸引力を強めている。しかし、林原モータープールに計画中の「ザ ハヤシバラシティ」は、プロジェクト発表以降、大きな動きは見られない。
- 駅前町
- 本町
- 錦町
- 幸町
- 下石井1丁目
[編集] 市役所筋
(しやくしょすじ)- 上記岡山駅東口地区から南に位置し、市役所筋を中心に東西にあるエリア。イトーヨーカドー岡山店をはじめ立地条件の良さからマスメディアや地元企業の本社、また金融機関・大手企業の出先、ホテル、店舗などが多い一帯で、ビジネス街の様相も呈している。
- 下石井2丁目
- 柳町
- 桑田町
[編集] 大供・鹿田町
(だいく・しかだちょう) - 上記地区の南部に位置する。岡山市役所の他、岡山大学鹿田キャンパスおよび同付属病院、岡山市水道局、西方には岡山商工会議所など公的な機関が多い。その一方で、旧国道2号線と市役所筋が交わる道路網の要衝で、車の通行量が多い。また、岡山大学鹿田キャンパス周辺には商店街が広がっており、庶民的な店が多い。また、南部の東古松周辺は宅地・マンション・アパートが多い。
- 厚生町
- 春日町
- 大学町
- 東古松
[編集] 岡山駅西口
(おかやまえきにしぐち)- エリアの通称として単に「西口」とも呼ばれる。岡山駅西口側すぐに広がる地区一帯。リットシティビルを含む岡山コンベンションセンターを核に駅元町地区第二種市街地再開発事業が進み急激に変化している西口であるが、一歩、裏通りに入ると依然として多くの路地があり昭和の町並みが残っている。東口がよそ行きの街であるのに対して、西口は普段着の町であり奉還町商店街には庶民の台所のような風情がある。
- 駅元町
- 奉還町
- 寿町
- 昭和町
- 伊福町
[編集] 北区南部
[編集] 奥田
(おくだ)-
- 岡南町
- 十日市
[編集] 青江
(あおえ)- 旧古鹿田村。かつては市内近郊の農村であったが、高度成長期に入ると卸売市場の開設され、岡山バイパスや国道30号等の整備により市内でもいち早く大型店やロードサイド店が相次ぎ出店し急激に変化した地区。その後も区画整理が進み、卸売市場跡地には岡山日赤病院の移転などで拠点性が高まり都市化が著しい。
詳細は「青江」を参照
[編集] 大元
(おおもと)-
- 西古松
- 野田
- 下中野
- 上中野
[編集] 今
(いま)- 旧御津郡今村一帯。かつては広大な田園地帯であったが、昭和40年~昭和62年にかけて実施された西部地区土地区画整理事業によって大規模整備が行われたため、碁盤目状の整然とした街区となっている。中小の低層オフィスが多く、新興企業の本社や大手企業の営業所等と高層住宅が混在する地区である。なお、今村宮周辺は区画整理から逃れ、旧村の面影を残している。
- 今
- 中仙道
- 辰巳
- 平田
- 田中
- 西長瀬
[編集] 問屋町
(といやちょう)- 昭和43年に開業した問屋街・岡山県卸センターによってできた街。街開き当初は岡山駅前の本町や中山下にあった繊維問屋を中心にメーカーや卸売業者のみが立地したが、年々卸売業者が減少したために空き店舗が増えていった。街の活性化策として数年前に他業種の立地を容認することになってから、表町や岡山駅周辺に比べ賃貸料の安さもあってカフェなどの飲食店やブティック等が多数進出するなど若者に人気の街へと変貌しようとしている。
[編集] 西部新拠点
(せいぶしんきょてん)- 市内西部の新たな拠点を作ることを目的として操車場跡地とその周辺を中心に整備・計画中の地区で、2005年の国体に合わせ、北長瀬駅と岡山ドームが造られた。しかし、跡地の多くは具体的な計画が無い状況で、過去にチボリ公園をはじめサッカースタジアムや岡山市立市民病院の新築移転など、いくつも計画が立案されたが、岡山市の財政難もあって、いずれも中止もしくは構想段階で消滅してしまった。周辺の区画整理を除き現在も一向に整備は進んでおらず、イベントの会場や臨時駐車場などに利用されるに止まっている。
- 北長瀬
[編集] 三門
(みかど)- 旧御野郡石井村西部。
- 下伊福
- 高柳
- 西崎
[編集] 大安寺
(だいあんじ)- 旧御津郡大野村一帯。南北に走る県道野田線と東西を縦貫し倉敷市に通じている県道川入線の開通で急激に発展、現在も岡山西バイパスが建設中で今後も大きな変化が予想される。特に川入線と西バイパスがクロスする予定の野殿地区には岡山西警察署が移転、西消防署が新設されるなど西部の行政の拠点になりつつある。 南の北長瀬本町には新幹線の車両基地がある。
- 野殿
- 野山
- 北長瀬
- 日吉町
[編集] 久米
(くめ)- 旧御津郡白石村一帯、東を笹ヶ瀬川、西を吉備地区に隣接する。南北に長く、岡山県道61号妹尾御津線が地区を縦貫し、中央に旧国道と交わる久米交差点がある。中南部は岡山鉄工センターを中心に西の内陸工業地区を形成している。
- 今保
[編集] 御野
(みの)- 旧御津郡御野村一帯。中心市街地の北に位置し、旭川と半田山の間に開けた地区。
旭川沿いには水道局が管理する三野市民ゴルフ場があり、全国でも珍しい中州のコースへは渡し舟を利用する。また、水道記念館が陸側にある。北部丘陵地には半田山植物園と陸上自衛隊・三軒屋駐屯地があり、岡山駅の隣の法界院駅は岡山大学と岡山理科大学の最寄り駅にあたり、周辺は津島と並ぶ学生の多い街である。
- 北方
- 三野
- 中井町
- 宿
[編集] 伊島
(いしま)- 旧御津郡伊島村一帯。北に半田山を控え、広大な岡山大学津島キャンパスをはじめ岡山商科大学やノートルダム清心女子大学等、市内で最も大学が多い地区で、県内有数の文教地区。東隣の御野地区と合わせ、岡南エリアにならい「岡北」エリアとも呼ばれる。岡山大学正門前の商店街は学生相手の商店やライブハウスが軒を連ねる学生街、その他は閑静な住宅街が多く池田動物園のある京山東側の伊島町と伊福町は公示地価で毎回上位にランクされる市内屈指の高級住宅地となっている。
- いずみ町 - 大部分をしめる「岡山県総合グラウンド」は日本陸軍練兵場跡に1962年の岡山国体の主会場として整備された総合運動公園。広さ35haの敷地には桃太郎スタジアムや桃太郎アリーナなどの各種運動施設があり、スポーツイベントが頻繁に開催される。また、施設の間は芝生の広場や池のある市民の憩いの場で、国指定の史跡「津島遺跡」もある。
[編集] 北区北部
[編集] 牧石
(まきいし)- 旧御津郡牧石村、牧山村、赤磐郡高月村西部一帯。中学校の学区は前述の御野地区と同じになるが、地区の特徴は大きく異なる。また北区旧御津町南部や、中区の高島地区、赤磐市西部との繋がりが強い。
南部は都心部近郊にあり整備が進む県道吉井線と大原橋周辺に人口が集中している。一方、北部は地域を縦貫する旭川両岸に400m前後の険しい山々が連なり、JR津山線沿線はのどかな山里のような雰囲気である。代表的な山の一つ金山の山頂には奈良時代に創建された金山寺、その近くには「招き猫美術館」がある。
- 原
- 玉柏
- 牟佐
[編集] 津高
(つだか)- 旧御津郡津高町。岡山空港と山陽自動車道岡山インターチェンジのある岡山市の空と道の玄関。北東の丘陵地は吉備高原に含まれ、マスカットをはじめとする葡萄の温室栽培や酪農が盛ん。
南西の平野部は中心市街地に近く、国道53号を中心に宅地化が進んでいる。また、国立病院が移転開業するなど国道53号沿いから変化の著しい 岡山北バイパス沿いへと中心が移りつつある。
詳細は「津高 (岡山市)」を参照
[編集] 一宮
(いちのみや)- 旧御津郡一宮町。備前一宮駅周辺は吉備津彦神社の門前町で、一宮は吉備津彦神社の別名「備前国一ノ宮」に由来する。北部の丘陵地の吉備新線沿いには情報通信や、ものづくり分野を中心に、新技術・新製品の開発を目的に造られた研究機関の団地「岡山リサーチパーク」がある。また、地元小中学校の名前の由来になっている南の吉備中山には数々の古代遺跡にくわえ黒住教本部に古代吉備文化財センターなどがある。
[編集] 御津
(みつ)- 御津支所管内、旧御津郡御津町、2005年に編入合併された。
詳細は「御津町 (岡山県)」を参照
[編集] 建部
(たけべ)- 建部支所管内、旧御津郡建部町。市内で最も北に位置する地区、2007年に編入合併された。
詳細は「建部町」を参照
[編集] 北区西部
[編集] 吉備
(きび)- 倉敷市との境に位置する旧都窪郡吉備町。江戸時代は板倉氏・庭瀬藩と戸川氏・撫川陣屋の二つの町が隣接してあり、1937年に吉備郡庭瀬町と都窪郡撫川町が合併し一つの町になった。庭瀬駅北側の旧市街地は古い町並みと二つの城跡が残っている。北部の川入地区は元総理大臣・犬養毅の出身地で生家が犬養木堂記念館となっている。
[編集] 高松
(たかまつ)- 総社市との境に位置する旧吉備郡高松町。前方後円墳として第4位の規模を誇る造山古墳に、天正10年に羽柴秀吉が水攻めを行った備中高松城、旧山陽道・板倉宿の町並み等の有名史跡が多く、吉備路に含まれる田園地区。吉備津神社と最上稲荷があり、初詣シーズンは県内でもっとも賑わううえに国道180号をはじめ周辺道路の混雑は名物となっている。
- 吉備津 - 旧吉備郡真金町。
詳細は「吉備津」を参照
[編集] 足守
(あしもり)- 旧吉備郡足守町。
詳細は「足守」を参照
[編集] 中区
[編集] 旭東
(きょくとう)- 市中心部から京橋を渡った旧上道郡三櫂村一帯、「旭東」とは名称の通り「旭川の東」を意味する。江戸時代は武家屋敷町があり、路面電車の走る中納言や小橋一帯は市内でも数少ない城下町の面影を残している。小中高の学校が密集する文教地区でもあり、東山電停は岡山電気軌道東山線の終点で多くの通学客が乗り降りする。旭川土手の「旭川さくら道」では春に桜並木がとして花見客で、また夏祭では花火の打ち上げ会場として見物客でともに賑わう。なお、西大寺地域の旭東中学区とは異なる。
- 門田
- 国富
[編集] 宇野
(うの)- 旧上道郡宇野村一帯、市中心部から新鶴見橋を渡った旭川東岸に位置する。東区区役所が置かれ、都市化の著しい南の県道原尾島線沿いに対し、北部は旭川と百間川の分岐点に位置し、かつては行き止まりの田園地帯であった。現在は「さい川原橋」や「岡北大橋」等の架橋によって周辺地区と結ばれたことで住宅街となり、地区の東部を南北につづく「けやき通り」沿いは落ち着いた街並みになっている。また、地元就実大学の出資もあり2008年に西川原駅が開業し、今後も大きな変化が予想される。
- 浜
- 原尾島
- 川原
[編集] 富山
(とみやま)- 旧上道郡富山村一帯。東山峠の東側、操山山麓の南に位置する地区。中心市街地と西大寺地区に挟まれ、県道西大寺線沿線に広がる分譲住宅地によってできた典型的なベッドタウンとなっている。円山地区には岡山藩主・池田家の菩提寺・曹源寺がある。
- 円山
- 海吉
[編集] 平井
(ひらい)- 旧上道郡平井村一帯。国道2号岡山バイパス付近から旭川を渡った東岸に位置する。
[編集] 操南
(そうなん)- 旧上道郡操陽村北部
- 倉田
- 倉富
- 倉益
[編集] 新岡南
(しんこうなん)- 旧上道郡三蟠村・沖田村南部。 高島地区ともいうが、中区の高島と混同を避けるため使用頻度は低い(岡山港管理側は高島の名称を使用している)。児島湾の沿岸で、重要港湾である岡山港に含まれる地区で、新岡山港に隣接する工業地区。旭川対岸の岡南地区の補完する地区として整備され、児島湾大橋の架橋によって市内と宇野港方面を中継する物流の拠点となっている。また、港湾事務所の設置や岡南地区から小豆島行きのフェリー乗り場が移るなど、岡山港の中心地区として整備が続けられている。近年では、岡南大橋の無料化による旭川対岸の地区への交通事情が改善され、岡山ふれあいセンターを中核施設として市街化が進んでいる。
「岡山港#高島地区」も参照
- 新築港
- 藤崎
- 桑野
[編集] 東岡山
(ひがしおかやま)- 旧上道郡財田町・高島村・幡多村・西大寺市古都地区(古都村)一帯で、中区から東区にまたがる。山陽本線東沿線の内陸工業地区。
詳細は「東岡山」、「高島 (岡山市中区)」をそれぞれ参照
[編集] 東区
[編集] 西大寺
(さいだいじ)- 旧西大寺市中心部。旧市役所は岡山市と合併後は支所になり、現在は東区区役所として使用されている。都心部とは百間川によって隔てられ地理や歴史的にも異なり、他の地区と比べてほぼ一つの都市機能を有している。
室町時代より続く「はだか祭」で有名な西大寺観音院の旧門前町で、江戸時代は吉井川を通る高瀬舟の寄港地をよび物資の積出港としても繁栄した。旧岡山城下町より歴史の古い商人の町でもあり岡山を代表する企業グループ、両備グループと天満屋グループの発祥の地とされている。市中心部の西大寺町(現:表町三丁目)は、西大寺から移り住んできた商人によってできたことに由来する。
詳細は「西大寺 (岡山市地名)」を参照
- 金岡
- 豊
[編集] 可知
(かち)-
- 益野
[編集] 上南
(じょうなん)-
- 九蟠
- 政津
[編集] 山南
(さんなん)-
- 辛島
- 宝伝・久々井
- 犬島諸島
[編集] 上道
(じょうとう)- 旧上道郡上道町。
詳細は「上道」を参照
[編集] 古都
(こづ)- 旧上道郡古都村。
詳細は「東岡山」を参照
[編集] 瀬戸
(せと)- 瀬戸支所管内、旧赤磐郡瀬戸町、2007年に編入合併された。
詳細は「瀬戸町 (岡山県)」を参照
- 万富
[編集] 南区
[編集] 岡南
(こうなん)- 児島湾干拓3・5区・旧御津郡福浜村南部一帯。児島湾の沿岸で重要港湾である岡山港に含まれ、工業地区でもある。
詳細は「岡南」を参照
- 築港
- 浦安
[編集] 児島
(こじま)- 旧児島郡甲浦村・小串村。岡南・新岡南地区の児島湾対岸、児島半島北部にあたる。岡山市は児島の名称を使用しているが、一般的に児島といえば倉敷市児島を指すため、実際は「甲浦」・「小串」や、当地区の中心的な地区の「郡(こおり)」の名称を使用する場合が多い。。1952年の合併後はしばらくは海によって隔てられた飛び地であったが、1959年に児島湾締切堤防道路が作られ、1984年には児島湾大橋によって玉野市を結ぶバイパスルートとなり交通事情が劇的に改善されている。
沿岸部は岡山港に含まれ中小の漁港や工場が点在し、郡地区は江戸時代に「加子浦」に指定され港町で、現在もその頃の町の面影が残る。玉野市の境になる後背の丘陵地の金甲山山頂は瀬戸内海が望める市内屈指の眺望で、放送局の中継局や送信所も多数ある
[編集] 福浜
(ふくはま)- 旧御津郡福浜村一帯。
- 豊成
- 浜野
- 福富
[編集] 芳田
(よしだ)- 旧御津郡芳田村一帯。
- 泉田
- 当新田
- 新保
- 西市・京殿
[編集] 西市・下中野
(しもなかの・にしいち)- 市内中心部から南西に位置し、国道2号線や県道児島線をはじめとする幹線道路が集中する交通の結節点にあたり、家電量販店、ホームセンター、ディスカウントショップ等の郊外型の店舗が集中する新興商業地区。特に、家電量販店の競争が激しく、各店を巡り歩いて値踏みする買い物客は少なくない。
[編集] 妹尾・福田
(せのお・ふくだ)- 旧都窪郡妹尾町・福田村一帯および興除地区の内、東畦周辺。地域を縦断している岡山バイパスと県道児島線の沿線と妹尾駅を中心に支所の管轄を超えた市街地が形成され、これらの地区の総称として「妹尾」と呼ばれることが多い。
旧妹尾市街は古くは干潟に面した漁村で、江戸時代は金刀比羅街道が通り、妹尾戸川氏の支配になった。また、妹尾沖の干拓が着工されたのは江戸時代末期に近かかったため、漁師町であったころの風情が色濃く残っている。現在も妹尾駅北側の旧市街は昔ながらの道の狭い町並みのままで、神社仏閣も多い。一方、駅の南側は干拓によってできた田園地帯から整然とした住宅地に生まれ変わり、旧市街とは対照的な町並みになっている。
詳細は「妹尾」を参照
[編集] 藤田
[編集] 興除
[編集] 灘崎
(なださき)- 旧児島郡灘崎町。玉野市との境にあり、市内で最も南に位置する地区、2007年に編入合併された。
詳細は「灘崎町」を参照

