山野八十八

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山野 八十八(やまの やそはち、1841年天保12年) - 1910年明治43年))は新選組平隊士で美男五人衆の一人である。

加賀で生まれる。文久3年(1863年)に島田魁尾形俊太郎とともに入隊。池田屋事件には屯所を守っていたため不参加。楠小十郎佐々木愛次郎馬越三郎馬詰柳太郎らとともに美男五人衆の一人だった。定かではないが沖田総司率いる新選組一番隊に所属していたという記述が残っている。

新選組が鳥羽・伏見の戦いに敗れると江戸に帰還し、その後も在隊し、箱館まで従軍した。新選組が箱館で降伏する前に離隊し、維新後は京都の菊浜小学校の用務員を勤め、1896年に退職。

1908年、戊辰戦争前に別れた彼の恋人と娘に再会し、共に暮らして生涯を送った。

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