山田信道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
山田信道
Yamada Nobumichi.jpg
山田信道(1899年)
生年月日 1833年12月13日
出生地 肥後国熊本藩
没年月日 1900年3月11日(満66歳没)
死没地 大日本帝国の旗 大日本帝国

任期 1897年11月8日 - 1898年1月12日

任期 1898年12月22日 - 1900年3月12日
元首 明治天皇
テンプレートを表示

山田 信道(やまだ のぶみち、天保4年11月3日1833年12月13日) - 1900年明治33年)3月11日)は、日本の官僚政治家。旧熊本藩士。男爵

生涯[編集]

肥後熊本藩出身。尊皇攘夷思想に惹かれて鹿児島に下る。文久2年(1863年)、八月十八日の政変により江戸幕府に捕らわれ、拘禁5年の判決を受ける。明治維新後に新政府に入り、明治4年(1871年)の廃藩置県に伴い江刺県権知事に任命される。一時期、轟武平らと共に神風連に属し、その中で穏健派となっていたが、神風連の乱の頃は、既に山田は政府協力派となっていた。以後、島根県令、福島県1891年(明治24年)に大阪府知事。1895年(明治28年)には京都府知事に就任した。1896年6月5日、維新や地方行政の功により男爵を授爵。1897年(明治30年)には第2次松方内閣農商務大臣として入閣した。のち、会計検査院長を務めた。


公職
先代:
渡邊昇
大日本帝国の旗 会計検査院長
第4代:1898 - 1900
次代:
内海忠勝
先代:
大隈重信
大日本帝国の旗 農商務大臣
第12代:1897 - 1898
次代:
伊東巳代治