山瀬幸宏
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| 山瀬 幸宏 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | 山ちゃん、ユッキ、Y氏 | |
| カタカナ | ヤマセ ユキヒロ | |
| ラテン文字 | YAMASE Yukihiro | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1984年4月22日(25歳) | |
| 出身地 | 北海道 | |
| 身長 | 176cm | |
| 体重 | 68kg | |
| 血液型 | A型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | サガン鳥栖 | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 34 | |
| 利き足 | 左足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2003 - 2009.5 2009.5 - 現 在 |
横浜F・マリノス サガン鳥栖 |
46 (4) - (-) |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2009年5月3日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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山瀬 幸宏(やませ ゆきひろ、1984年4月22日 - )は、北海道札幌市出身でサガン鳥栖所属のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。
実兄は山瀬功治。父はサラエボ冬季五輪にバイアスロンで出場した山瀬功。
目次 |
[編集] 来歴
2007年はリーグ戦第4節からスタメンに定着。第7節の大分トリニータ戦では、前半11分に自らの23歳の誕生日を祝うプロ入り初ゴール。さらに後半43分には幸宏のアシストで兄もゴールを決め、Jリーグ史上2組目となる同一試合兄弟アベック弾というおまけがついた。続く第8節のアルビレックス新潟戦、第19節の横浜FC戦でも兄弟アベック弾を達成した。なお、これらの試合ではそれぞれ5, 6, 8得点とチームも大量得点を挙げて勝利している。
2008年シーズンは主に右サイドでの起用をされているが、逆足(右足)でのプレーが不得手なため、精彩を欠くプレーが多くなってしまっている。
2009年シーズン途中よりサガン鳥栖に期限付き移籍。フォワードとして起用されている。
[編集] プレースタイル
左サイドでのプレーを得意とする。兄である山瀬功治同様にドリブルを得意としているが、切れ味鋭いドリブルをする兄とは異なり、独特のリズムがあるドリブルを披露する。そのプレーは一部サポーターからは「ヌルヌルドリブル」と言われている。また精度が高いミドルシュートを打てるのも魅力である。
[編集] 人物
- 愛称の「Y氏」はキックオフ!!F・マリノスの番組中に、寮の部屋のレポーター役をしていた尾本敬に「某Y氏」と呼ばれたことに端を発し、司会(当時)の水沼貴史がそう呼ぶようになったのが由来である。また、知人からは「ユッキ君」とも呼ばれている[1]。
- コンサドーレ札幌のユースへの入団を考えていたが、その札幌のトップチームに入団が既に決まっていた兄から横浜のユースを勧められて、進路を決めたという。
- 2005年のACLでは、兄・功治がリーグで使用している背番号10で出場した。これは、ACLでは背番号がレギュレーションで30以下に制限されており(そのため背番号35の河合竜二も20で出場した)、兄が怪我のため選手登録されていなかったためである。
- 整理整頓が出来ず、部屋が汚いことがテレビなどで暴露されている。そのためか、趣味は漫画喫茶に出かける事。「あそこ(漫画喫茶)には全てがある」と、チームメイトの小宮山尊信を引き込んだこともある。
- Jリーグ初出場となった2005年5月8日のサンフレッチェ広島戦では兄弟揃ってボランチとして出場し、チームは久々の勝利を挙げた。
[編集] 所属クラブ
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2003 | 横浜FM | 32 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2004 | 横浜FM | 32 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2005 | 横浜FM | 32 | J1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 |
| 2006 | 横浜FM | 32 | J1 | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 7 | 0 |
| 2007 | 横浜FM | 32 | J1 | 30 | 4 | 8 | 1 | 1 | 0 | 39 | 5 |
| 2008 | 横浜FM | 16 | J1 | 9 | 0 | 4 | 1 | 0 | 0 | 13 | 1 |
| 2009 | 横浜FM | 16 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | |
| 鳥栖 | 34 | J2 | - | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 46 | 4 | 12 | 2 | 2 | 0 | 60 | 6 | |
| 日本 | J2 | - | |||||||||
| 総通算 | 46 | 4 | 12 | 2 | 2 | 0 | 60 | 6 | |||
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2004 | 横浜FM | 32 | 1 | 0 |
| 2005 | 横浜FM | 10 | 1 | 0 |
| 通算 | AFC | 2 | 0 | |
[編集] 経歴
[編集] 脚注
- ^ 本多玲奈のLEINA'S BLOG - 兄である山瀬功治の夫人の友人のブログ
[編集] 関連項目
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