山海関

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山海関
山海関
各種表記
繁体字: 山海關
簡体字: 山海关
: Shānhăiguān
  

山海関(さんかいかん)は中華人民共和国河北省遼寧省の省境に位置する万里の長城の東端にある要塞明代は北方民族である女真の侵入に対する防衛の要とされた。「天下第一関」と称されるが、これは山海関の著名性を表したものではなく、東から数えて最初の関所であったことを示す。

山海関を越えて中原に向かうことを「入関して、関内に入る」と称し、東北地域を「関外」もしくは「関東」という。かつて日本の勢力下に置かれた関東州や、そこに駐留した関東軍の名称もこれに由来する。


[編集] 歴史

漢代臨楡関と称され、明代に山海衛が設置された後に山海関と称されるようになった。明末はヌルハチホンタイジによる満洲族の侵入を阻止し、守将であった呉三桂清朝に帰順するまで不落の要塞だった。清代以降は行政区画名は臨楡県と改称されたが、山海関の名称がそれ以降も使用され現在に至っている。

1931年柳条湖事件満州事変勃発)、1932年満州国建国と満洲地区の政治情勢が変化する中、1933年(昭和8)1月に関東軍は山海関を占領、これにより日本軍による北京攻略の東部回廊が確保され、2月に熱河作戦が遂行され、制圧後の熱河省は満州国に併合された。