山椒魚戦争

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

山椒魚戦争』(さんしょううおせんそう、チェコ語: Válka s mloky )は、カレル・チャペックによる小説。ジャンルとしては終末テーマSFである。しゃべる能力を持つオオサンショウウオ家畜となり、普及し、対立し、やがて人間を追いつめるまでを描いたものである。

概説[編集]

『山椒魚戦争』は、1935年9月23日から1936年1月12日まで新聞「リドヴェー・ノヴィニ」紙に連載された。書き上げられたのは1935年9月27日である。また、この作品について1936年3月29日に「本と山椒魚」の題で放送された講演の原稿があり、これは後にこの作品の前書きないし後書きとして単行本に採録されるのが通例となっている。

長編作品であるが、一貫した物語の体裁を採っておらず、章ごとに場所も登場人物もころころ変わり、さらには新聞記事の切り抜きを貼り合わせて構成された章まである。これが読みづらくさせている面もあるが、それらが寄り合わされるようにして一つの物語を作り上げる様は独特の雰囲気を醸し出してもいる。

作者の言葉によると、山椒魚を登場させた理由はヒト以外の動物が文明を築く可能性を取り上げる意図があったとしている。それが山椒魚であるのは、オオサンショウウオの化石ノアの洪水の犠牲者と見なされたという事例があることから、ヒトと間違われたことがあるからには、代わりになる資格があるのだと述べている。

内容[編集]

3部からなっている。第1部は山椒魚の登場を、第2部は発展を、第3部は人類との戦争を描いている。

第1部 アンドリアス・ショイフツェリ[編集]

1章 - 5章

個々には挿話的なエピソードによって、インドネシア近海でのオランダ船の船長であるヴァン・トフがインドネシアのある島の入り江に住む山椒魚に遭遇したこと、彼らが言葉を理解すること、道具を扱えること、そして教えると真珠を海底から探してくることを発見したことが示される。彼はこれを新たな形の真珠採取の事業とするために大企業家であるG.H.ボンディを訪ね、協力を取り付ける。

6章-11章

インドネシアの小島に出かけた若者たちが山椒魚に遭遇する。これは山椒魚の生息地の拡張にもかかわるが、この事件によって山椒魚の存在が知れることになった。学問研究も行われ、見せ物などにも登場し、山椒魚が会話できることが広く知られるようになる。しかし、むしろありふれた生き物として認知が定着したという風である。

12章

ヴァン・トフが死去。ボンディは、これを機に山椒魚による真珠採取から撤退し、山椒魚に関わるありとあらゆる産業をとりまとめる一大シンジケートの立ち上げを宣言し、彼らを海中での諸作業に使えること、それによって人類は海底の開発に着手することができると演説した。この時点で、把握されているだけで山椒魚が600万頭になっている。

付録

山椒魚の配偶行動とそこから発展してサンショウウオの習性に関するレポート。

第2部 文明の階段を登る[編集]

ボンディ宅の門番だったポヴォンドラ氏は、自身がヴァン・トフを入室させたことをきっかけに山椒魚が広まったことを誇りに思い、山椒魚に関する新聞記事の切り抜きを始めた。この第2部は、そのことを紹介した後、彼の集めた記事を時系列によって並べ直し、山椒魚の発展の軌跡を紹介するという形をとる。そのため、あちこちに形の異なる記事の部分が挿入されており、中には全く意味のわからない記事も混じっている。

中には日本語の記事が1本あり、版によって違いがあるが手書き文である。日本語であることは読み取れるが、意味は不明な文である。さらに何語ともつかない記号の羅列も一つあり、これらは文学におけるインチキ外国語の事例である。

それによると、山椒魚利用が世界に広がったこと、それに併せて学問も普及し、彼らの生活も向上したことが示され、そしてそれによって人類にも多くの富がもたらされた。しかし、次第に彼らは独自性を持ち始めたことも明らかにされる。

この部の最終章では、再びポヴォンドラ氏の独り言が挿入されるが、そこでは山椒魚が戦争と関わりを持ち始めたことが示され、彼は自分がそのきっかけを作ったことに不安を感じている。

第3部 山椒魚戦争[編集]

山椒魚は実はこれ以前から人と戦った歴史をわずかながら持っていた。また、各国が次第に山椒魚に武装させ、海面下で小競り合いが起こるようになった。すでに山椒魚の個体数は人間を遙かに超え、人間社会は山椒魚に強く依存するようになっていた。それを危惧する識者も現れ、山椒魚は危険だと標榜する怪文書が出回る。

そうしたある日、アメリカ海岸線で大規模な地震が起き、陸地が広く水没した。続いて中国、アフリカと同様な事件が起こり、山椒魚総統による犯行の声明が出される。それらのすべてが山椒魚によること、彼らには浅い海域がより多く必要であること、そのための技術供与を人間側は惜しんではならないことが表明される。各国はこれに反発、山椒魚への攻撃を試みるが、ことごとく失敗し、さらに海上封鎖を行われて窮地に立つ。陸地の水没も続く。

物語はほぼここで終了し、最後の2章のうち、10章では「自分が面会を許可したせいでこんなことになった」というポヴォンドラ氏の嘆きが、そして11章では作者の「いずれ山椒魚たちは内戦を始めて滅亡し、人類は九死に一生を得るだろう」という自問自答が挿入され、彼らの未来も必ずしも明るくはないことが示される。

位置づけ[編集]

チャペックは「ロボット」という言葉を作ったことでも知られるが、その作品 R.U.R. は人間の助けとなるように開発された人造人間によって人類が滅ぼされる物語であった。主題は「科学や技術の発展は本当に幸せをもたらすのか、いつか不幸を呼ぶのではないか」というところにあった。その流れは確実にこの作品にも受け継がれている。そして、それに民族主義全体主義への警戒感が重なって見える。

チャペックの研究家であるミロスラフ・ハリークによると、この作品の最後の章の草稿の端に、「この章の主人公は民族主義だ(以下略)」との書き込みがあったという。特にはっきりしているのは、アドルフ・ヒトラーへの敵視である。作者の言葉としている最後の章では、山椒魚総統が実は人間であり、本名アンドレアス・シュルツェ、第一次世界大戦には曹長だったと述べられているのは、あからさまにこれを示している。また、山椒魚の未来について、レムリア山椒魚とアトランティス山椒魚に分かれて対立が起きると言っているのも、第二次世界大戦後の東西対立を予測したかのように見える。

このように政治色の強い作品であったため、問題となることも多かった。直接的な批判の対象となったファシストからは強い反発があり、爆弾を送りつけられたこともあったという。チャペックの死の翌年、ナチス・ドイツ軍はチェコ全土を占領したが、その際、ゲシュタポが彼の家にやってきた。チャペック夫人は夫が前年に死亡した旨、皮肉を込めて丁寧に返事したという。当然ながら占領時代、この作品は発禁であった。また、共産党政権下では一部の削除が行われた例もある。

参考文献[編集]