山本繁太郎
山本 繁太郎(やまもと しげたろう、1948年11月14日 - )は、日本の政治活動家。元内閣官房官僚。
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[編集] 人物
山口県柳井市出身。父は山口県柳井市議会議員を経て山口県議会議員を4期務めた山本真太郎(1922年1月1日 - )[1][2]。
山口県立柳井高等学校から東京大学法学部卒業後、1972年に建設省(後の国土交通省)に入省。内閣府等を経て、内閣官房地域活性化統合事務局長を最後に退官。国交省住宅局長時に発覚した構造計算書偽造問題では、建設業界から「ザル法でしかない建築基準法を放置していたにも係わらず責任をすべて民間業者に押し付けた」として厳しく批判された[3]。
2008年には福田康夫内閣で初めての国政選挙となる衆議院山口2区補欠選挙に自民党公認、公明党推薦で出馬。この補選は山口2区選出の福田良彦(自民)が岩国市長選に立候補のため議員辞職したこと(後に市長選に当選)に伴うものだった。選挙戦では比例中国ブロックの議席を辞して選挙区議席奪還に挑んだ平岡秀夫(民主党公認、社民党推薦)と激しい一騎打ちを展開し[4]、福田康夫、安倍晋三、太田昭宏、麻生太郎、北側一雄、増田寛也ら自民党・公明党幹部らによる応援に支えられて自民党の議席維持を目指したが、獲得得票数は94,404票で、平岡に約2万2千票の差をつけられて落選した。
引き続き山口2区の自民党議席奪還を目指し、岩国市、柳井市、光市、下松市に後援会事務所を設けて政治活動を続けたが、地元の柳井市で2009年3月1日にあった市長選、県議選柳井市区補選(欠員1)のダブル選挙では、市長に元平岡秀夫衆院議員秘書の井原健太郎、県議補選に民主党公認の河北洋子が勝ち、山本陣営に危機感を与えた。
2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙では、山口2区で立候補し平岡と再び対決。柳井市や郡部では得票数が平岡を上回るなど補選時より票差を大きく縮めるも再び平岡に敗れ、比例中国ブロックでの復活当選もならなかった。
[編集] 主張
[編集] 略歴
- 1967年(昭和42年) 山口県立柳井高等学校卒業
- 1972年(昭和47年) 東京大学法学部卒業
- 1972年(昭和47年) 建設省(後の国土交通省)入省
- 2002年(平成14年) 内閣府政策統括官(防災担当)就任
- 2004年(平成16年) 国土交通省住宅局長 就任
- 2007年(平成19年) 内閣官房地域活性化統合事務局長 就任
- 2008年(平成20年) 自由民主党山口県第2選挙区支部長
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 攻防:衆院2区補選 「道路」の代理戦か--告示まで1週間 /山口 - 毎日新聞2008年4月8日
- ^ 『サンケイ日本紳士年鑑 第18版』(サンケイ新聞データシステム) より
- ^ 福田政権4・27山口2区補選でトドメ - 日刊ゲンダイ2008年4月1日
- ^ 選挙:衆院選・山口2区補選 告示、自・民一騎打ち--ねじれ国会に影響 - 毎日新聞2008年4月15日
- ^ 中国新聞4月15日