山川浩二

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山川 浩二(やまかわ ひろじ、1927年 (昭和2年) 12月26日 - )は、日本広告評論家(広告研究家)。

来歴[編集]

大阪府出身。1951年に大倉高等商業学校(現・東京経済大学)卒業[1]

1952年電通に入社。ラジオ局ラジオ制作部企画課に配属[2]三木鶏郎CMソングのプロデュースにも携わった[3]。プランニングセンター副部長を経て[2]、クリエイティブ総務次長・開発部長を最後に退職[1]1982年[2])。

1988年、メディアボンドを設立し主宰を務める[1]

1989年尚美学園短期大学教授に就任[1]。葵プロモーション顧問などを経て、2012年現在はフリー[2]

電通時代の担当[編集]

ラジオ番組
CM

受賞歴[編集]

  • 第23回 日本広告業協会 吉田秀雄記念賞(1988年)

著書[編集]

早くから広告資料のアーカイブ化に着目し[2]、著書も出している。

  • 『圧縮情報のテクニック : テレビCMは戦う』誠文堂新光社〈ブレーンブックス〉、1968年。NDLJP:2517763 
  • CMグラフィティ
  • 『広告発想論』誠文堂新光社、1984年3月。NDLJP:12022738 
  • 昭和広告60年史
  • 大阪発これがCMだ!
  • ワーディング100想

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 現代日本人名録 94(日外アソシエーツ
  2. ^ a b c d e 冊子「初期のテレビCMは音が中心(1953~64年くらいのCMを中心に)」 - 「日本のCMのぜんぶ1953-2012 ―たった15秒なのに、何十年もおぼえている。」 アド・ミュージアム東京
  3. ^ NBM過去