山口大学教育学部附属光中学校
| 山口大学教育学部附属光中学校 | |
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| 過去の名称 | 山口師範学校女子部附属中学校 山口大学山口師範学校附属光中学校 |
| 国公私立の別 | 国立学校 |
| 設置者 | 国立大学法人山口大学 |
| 設立年月日 | 1947年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 2学期制 |
| 所在地 |
〒743-0007 偏差値 53 |
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山口県光市室積八丁目4番1号
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| 外部リンク | 公式サイト |
国立大学法人山口大学教育学部附属光中学校(こくりつだいがくほんじんやまぐちだいがくきょういくがくぶふぞくひかりちゅうがっこう)は、山口県光市室積八丁目にある国立中学校。山口大学教育学部の附属学校である。
目次 |
[編集] 沿革
- 1947年(昭和22年) - 山口師範学校女子部附属中学校として開校。
- 1949年(昭和24年) - 山口大学の発足に伴い、山口大学山口師範学校附属光中学校に改組。
- 1951年(昭和26年) - 山口大学教育学部附属光中学校と改称。
- 1957年(昭和32年) - 9月に現在地に移転。
- 2004年(平成16年) - 国立大学法人法の規定により国立大学法人となる。
[編集] 概略
- 山口県東部唯一の進学校。
- 近年では3割から4割程度の生徒が徳山高校へ進学している。その他の生徒は主に、下松高校、光高校、徳山高等専門学校などに進学する。
[編集] 環境
- 山口県光市室積の室積半島(象鼻ヶ崎)の先端部分に位置している。校舎は御手洗湾に面しており、背後には瀬戸内海国立公園内で、天然記念物の峨眉山樹林のある峨眉山がある。海と山に囲まれ、大変自然が豊かな環境にある学校である。
[編集] 年間行事
- 9月 - 学園祭「附中祭」
[編集] 学園祭(附中祭)
年一度、九月に行われる「附中祭」という学園祭は学校最大の行事である。1982年(昭和57年)から「体育部門」「広場部門」「文化部門」に分かれて9月上旬の連続する3日間を使用し、「附中祭」が行われている。第1回は、「附中祭」ではなく、「附中フェスティバル」としてスタートした。
従来「体育祭」「文化祭」をそれぞれ別々に開催していたが、大学の付属校としての学事日程及び3年生の進学への影響を鑑みて一緒に行うこととし、(つなぎとしての)「広場部門」を含む現在の形態で始まった。従って、当初は「体育部門」「広場部門」「文化部門」の順に全て学校の敷地内で行われていたが、文化部門の発表が高度化するにつれて、設備的に付属小学校体育館ではまかないきれなくなったために、90年代半ばに、現在の様に「文化部門」は市民ホールで行う形となった。これと時期を同じくして、「文化部門」「広場部門」「体育部門」の順が一般的となり、現在に至っている。
生徒会長・副会長などのいわゆる生徒会役員だけにより、予算の執行を含め全て生徒の手によって自立した企画・運営がなされており、この点で、他の学園祭と一線を画す。附中祭を行うにあたっては、毎年年間統一テーマ(通例は、漢字2文字の熟語(「挑戦」「超越」など)であるが、必ずしも通例に従う必要はなく、「青春全力疾走」のようなテーマを掲げた年もある。)を決定し、そのテーマに向かって「附中祭」を中心とした当該年度の生徒会活動が行われる。また、毎年、附中祭テーマソングが生徒の手によって作られ、附中祭に華を添えている。
- 附中祭の準備のために、夏休み明け後も2週間程度一切授業を行わない。また、体育部門が終了したその翌日に係とクラブの反省と学校内を元に戻す作業があり、その翌日から1週間休みである。
- 文化部門の目玉は合唱コンクールである。夏休み前から選曲・練習をして、夏休みもほぼ毎日クラスごとに練習に励む。
- また、文化部門では生徒オリジナルの演劇や曲、ダンス、等が発表される。
- 広場部門は生徒の参加を主体としたカジュアルな文化祭のようなものである。附中生自らや、その保護者が楽しむことを目的に行われる。クラブの発表や、生徒たちによる(ステージでの)コントや歌、手品など生徒参加型の企画も多い。
- 体育部門はいわゆる体育祭で、意地とプライドをかけた戦いをする。また、昼休憩の前のフォークダンスでは、男女共に手を取り合い曲に合わせてリズミカルにステップを踏んで踊るという伝統的な催しなどもある。
[編集] 部活動
県大会で1位になった経歴を持つ。
中国大会などに顔を出すなど市内では比較的強豪チームである。
[編集] 同窓会
- 同窓会長 松岡満寿男(元自民党衆議院議員)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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