尼子十勇士
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尼子十勇士(あまごじゅうゆうし)は、戦国大名尼子氏の家臣のうち尼子勝久を擁立し再興につとめたとされる、10人の優れた武士を列記したもの。
山中鹿介などが含まれ、講談や立川文庫など[1]により有名になったが、江戸時代からその呼び名は知られていた。『後太平記』[2]に既に「尼子十勇士」の文言がみえるが、鹿介らの同時代史料にはない。その後『常山紀談』や『陰徳太平記』など、数々の軍記物に登場するようになったが、十人の氏名には各書ばらつきがある。
- 『後太平記』(山中鹿介、秋宅庵助、寺本生死助、尤道理助、今川鮎助、藪中荊助、横道兵庫助、五月早苗助、植田稲葉助)
- 『常山紀談』(山中鹿介、薮原荊之介、五月早苗介、上田稲葉之介、尤道理之介、早川鮎之介、川岸柳之介、井筒女之介、阿波鳴戸之介、破骨障子之介)
- 『立川文庫』(山中鹿之助、秋宅庵之助、横道兵庫之助、寺元生死之助、皐月早苗之助、早川鮎之助、大谷古猪之助、高橋渡之助、藪中茨之助、荒波碇之助)
「尼子十勇士」という括り方は後世の創作と考えられ、実在の人物ではなさそうな駄洒落じみた名前が多い(尤道理助(もっともどうりのすけ)、薮中茨之助(やぶのなかいばらのすけ)など)。井筒女之介に至っては、名前そのままのオカマである。ただし、この中で、山中、秋宅、横道は実在の尼子家臣である。