尖端娘商売

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尖端娘商売
The Life of the Party
監督 ロイ・デル・ルース英語版
脚本 メルヴィル・クロスマン
アーサー・シーザー英語版
音楽 シドニー・D・ミッチェル英語版
撮影 フランク・B・グッド
デヴロー・ジェニングズ
編集 ウィリアム・ホームズ英語版
製作会社 ザ・ヴァイタフォーン・コーポレーション
配給 アメリカ合衆国の旗 ザ・ヴァイタフォーン・コーポレーション
日本の旗 ワーナー・ファーストナショナル
公開 アメリカ合衆国の旗 1930年10月25日
日本の旗 1931年
上映時間 79分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
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尖端娘商売』(せんたんむすめしょうばい、英語: The Life of the Party)は、ロイ・デル・ルース英語版が監督し、ワーナー・ブラザーズが「ザ・ヴァイタフォーン・コーポレーション」の名で製作・配給したアメリカ合衆国の長篇劇映画テクニカラーで撮影されたミュージカル・コメディである[1][2]。カラー版は現存していない[1]

略歴・概要[編集]

本作は、脚本家時代のダリル・F・ザナックが「メルヴィル・クロスマン」名義でオリジナルシナリオを書き、アーサー・シーザー英語版が台詞を書いた作品で、当初はテクニカラーで撮られたカラー映画であった[1]。製作・配給としてクレジットされている「ザ・ヴァイタフォーン・コーポレーション」とは、ワーナー・ブラザーズのことであり、実際には、製作はファースト・ナショナル英語版、配給をワーナー・ブラザーズが行った[1]

『尖端娘商売』という日本語題は、「パーティ生活」を意味する原題とは無関係に、主人公の女性たちの行動に対し、当時の日本の流行語であった「尖端」の語で形容したものである。日本での配給・宣伝は、ワーナー・ファーストナショナル日本支社が行った[2]

現存する上映用プリントは、1950年代にテレビ放映用に作成された白黒フィルムのみで、オリジナルのカラー版の現存は確認されていない[1]

スタッフ[編集]

キャスト[編集]

クレジット順
ノンクレジット・アルファベット順

あらすじ[編集]

ニューヨークのいまどきの娘たち、フロー(ウィニー・ライトナー)とドット(アイリーン・デルロイ)は、楽譜の売店を首になった。服屋のルメア氏(チャールズ・ジューデルズ)につきあいすぎるという理由。フローとドットは、今度は金持ちを騙して儲けてやろうと企んだ。そこにルメア氏が、店のマネキンになってくれと言ってきたものだから、ルメア氏の店の衣裳はすべて彼女たちの自由になったも同然だった。フローとドットは、店から衣裳を勝手に持ち出し、ハヴァナ行きの旅客船に乗り込んだ。

一文無しのはずのフローとドットは、一流ホテルの最上級の部屋を申し込んだ。評判の富豪「A・J・スミス氏」に急接近、ドットはまんまと親しくなるが、それは贋者で、A・Jことジェリー・スミス(ジャック・ホワイティング)であった。ジェリーはドットを富豪の娘だと信じ込む。ケンタッキーの競馬狂ジョイ大佐(チャールズ・バターワス)が現れ、彼の馬の騎手が負傷して競馬に出場不可能になり、かわりにフローが馬に乗ることになる。しかしゴール間近で黒猫が横切り、よけたフローは負けてしまう。

そこへ怒り狂ってニューヨークからはるばる来たルメア氏に、ジェリーは、ドットを富豪の娘を装い、とんでもないことをしていると告げ口する。フローは、ドットは富豪の「A・J・スミス氏」と結婚する、と言い、ルメア氏を部屋に閉じ込めた。フローとドットは、やっと本物の「A・J・スミス氏」を発見、彼の目の前で気絶する。A・J・スミス氏(ジョン・デイヴィッドソン)は気絶したドットを介抱し、フローはジョイ大佐とうまくいくのだった。

脚注[編集]

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参考文献[編集]

外部リンク[編集]