小見の方
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
小見の方(おみのかた、1513年(永正10年)[1] 〜 1551年(天文20年)[1])は、戦国時代の女性で、斎藤道三の正室。[2]
目次 |
家系 [編集]
- 美濃国明智長山城主明智光継の娘(長女または三女と伝わる)で明智光綱の妹[3]。
- 道三との間に帰蝶(織田信長室)[4]、孫四郎(龍元)、喜平次(龍之)、末子の斎藤利治(長龍)らをもうける。[要出典]
- 明智光秀は甥にあたるとする説[5]がある。
生涯 [編集]
江戸時代に編纂された『美濃国諸旧記』によれば、明智光継の娘として生まれる。天文元年(1532年)、長井規秀(のちの斎藤道三)に嫁ぎ、天文4年(1535年)に女子(帰蝶)を儲けた。天文20年(1551年)3月11日に肺病により死去。既に亡くなったことになっているが、『言継卿記』(山科言継の日記)には、永禄12年(1569年)8月1日付の日記に信長が(信長本妻の)姑に礼を述べるため会いに行くと記述があるため、当時の資料であるこちらの方が正しいとされるのでこの時点ではまだ存命したと考える。